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旅人 JFNアナウンサー 井門宗之

YAJIKITA徳島旅日記〜俺達、またやっちゃいました〜

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6月9日(金)

阿波踊り。鳴門の大渦。鱧。すだち。ラーメン。徳島と言われて連想するものは数多くある。
しかし、いま『徳島』と言って真っ先に連想されるのは…、


徳島=ドイツなのだ!


まさにW杯ドイツ大会開幕で盛り上るこの日、我々YAJIKITA一行は日本のドイツ、徳島へと向かった!
今回の旅人は『チャレンジものにめっぽう弱い』YAJIKITA一のへっぴり腰:井門宗之、わたくしである。
旅の同行人たちはPのK多氏、DのM壁氏・M田氏、カメラマンのK吾氏、アテンドのH山氏、計6人。

今回も全員[おとこ]である。どうして井門の旅には女ッ気が0なのか?悩んでばかりもいられない。
一行は晴天の徳島空港へと降り立った。
今回の旅の目的は、映画『バルトの楽園』の舞台となった鳴門板東の地を訪ね、当時のドイツ人俘虜と日本人の心の交流を探るものだ。

映画を御覧になっていないリスナーの皆様の為に、ここで簡単にストーリーをご紹介しましょう。

映画『バルトの楽園』は、第一次世界大戦中、徳島鳴門板東にあったドイツ人俘虜収容所を舞台に、所長の松江(まつえ)豊(とよ)寿(ひさ)を中心とした当時の日本人と、ドイツ人俘虜達との心の交流を描いた感動作である。
そしてこの板東俘虜収容所で、当時日本で初めて【ベートーヴェン交響曲第9番 歓喜の歌】が演奏されたというのだ。

最近のクラッシックブームに乗っかり『のだめカンタービレ』の愛読者でもある井門は「何故にベトベン?」「何故にその時代に所長の松江さんという人物は、敵国であったドイツ人俘虜達にそこまで人道的な扱いが出来たんだろう?」との思いを抱きながら、この板東の地にやってきたわけである。
初日9日は取材も無く、一行はまず鳴門市内のホテルへ。
目の前がヨットやクルーザーのハーバーになっている、景観の素晴らしいホテルに一同テンション↑。

しかし同行が全員[おとこ]という事実を思い出しテンション↓。分かり易い…。
一旦各自部屋で待機した後は、「お待たせしました!」の夕食である。
もう一度説明しよう。この日は取材が無かったため、スケジュール的には「羽田⇒徳島⇒ホテル⇒飯」。

あっ…。


徳島に飯食いに行ったみたいになってる…。


まぁまぁ、DのM田氏と井門はこの日早朝から生放送だったわけで。
ちょっとだけ目をつぶってくれたら嬉しいな〜てへっ♪(←気持ち悪い。

そんなこんなで一行がロビーで待ち合わせをしていた時の事である。
入り口から何やらキラキラしたオーラをまとった男3・女2の若者が賑やかに入ってきた。
明らかに美男美女だ。
翻ってYAJIKITA一行。男6。明らかにオッサンだ。
この集団とは後に思わぬ所で再会を果たすのだが、それはまだ先のお話。

さて、徳島のこの時期の旬といえば、鱧などの魚介類が最高である。白身最高なのであ〜る。
アテンドのH山氏先導のもと、我々が向かった先は鮮魚系を扱わせたら絶品の居酒屋さん。
趣のある扉を開けると、見事に頭を刈上げた店長が威勢の良い掛け声で我々を迎えてくれた!

(ガラガラガラ〜)
井門「こんばんは〜」
店長「いらっしゃい!わ〜おぅっ!!!

…。「わ〜おぅっ!!!」って…。アメリカ的もてなしかよ。店長ふんどし締めてそうぢゃん。
そこの奥座敷へと通された我々は、店長が出す絶品のお刺身や天麩羅などを、徳島名物すだち酎と共に
心ゆくまで堪能したのである。
すだちちゅう。さぁ、みなさんも一度声に出して言ってみよう。

すだちちゅう。

うん、かわいい、かわいい!なんか子供が初めて喋った言葉にみたいで可愛い!
しかし安心して飲んでいると、ガツンとやられる恐ろしいお酒。
とっても飲み易いだけに…。あわわわわわ。飲みすぎには要注意なのです。

6月10日(土)

昨日のすだち酎もすっかり抜け(DのM壁氏のみ撃沈)、またもや晴天の徳島。
梅雨時なのが嘘のような快晴が続くが、我々が来る前日まで連日の雨だったそうな。
天気も味方につけ、今日から本格的な取材開始!

まず我々が向かったのは鳴門市ドイツ館。

ドイツとの交流の歴史はここに来れば一目瞭然なのだ。
白を基調にしたまさに西洋の香りプンプンのこのドイツ館。

館内には板東俘虜収容所にいたドイツ人たちが収容所でどんな生活をしていたのか?また彼らが残した技術などを知る事が出来る展示物でいっぱいである。
当時この板東の地域の人々も、ドイツ人俘虜達からさまざまな技術を学んだという。

牧畜・製菓・西洋野菜栽培・建築・音楽・スポーツなどが
それだ。

そして地域の人々はそんな彼らを親しみを込めてこう呼んだという。

ブッフバルトと。 (ドイツ・ベルリン生まれの元プロサッカー選手。元ドイツ代表。
現在のJリーグ・浦和レッドダイヤモンズ監督。身長188cm、体重88kg)



ごめん。嘘ついた…。もう一回仕切り直して良い?
ゴホン…。地域の人々はそんな彼らを親しみを込めてこう呼んだという。




オリバー・カーンと。 (ドイツ代表GK。幼稚園児との交流の一環でサッカーのゴールキーパーを務めたが、生真面目な性格から幼稚園児のシュートでも完全にセーブし無失点に抑えたこともある)




もう本当に関係者の皆様に怒られますね。まじめにやりましょう。
地域の人々はそんな彼らを親しみを込めてこう呼んだという。



ドイツさんと。
だから当時の風景として、ドイツ人俘虜と日本人が談笑してるなんてシーンは当たり前の様にあったのだ。

ちょっと不思議な感じもしますね。

不思議な感じもすると言えば、このドイツ館の中にある『第九シアター』。

チェロやバイオリンを持った実物大の電動式のマネキン人形が、当時の音楽活動を紹介してくれるもの。
1900年代初めの事ですから、やはり当時楽器を集めるのが大変だった様で、チェロやバイオリンは自作のものを使っていたとか。

音楽をとても大切に考えていた当時のドイツ人の気持ちが伝わってくるようだ。

この鳴門市ドイツ館では館長の田村一郎さんにお話を伺った。 内容は番組本編でお楽しみを!
さてドイツ館を後にした我々YAJIKITA一行は、そのすぐ近くにある『BANDOロケ村〜歓喜の郷』へと向かった。

今年の3月21日にオープンしたこのロケ村は映画『バルトの楽園』で使用された俘虜収容所のセットである。

ドイツ人俘虜が暮らしたバラッケ(兵舎)や食堂、浴場、はたまたバーなど、当時の俘虜の生活をリアルに体感する事が出来る。

そして受付のモギリの娘がミラクル可愛い(←大切)。
軍服姿のボランティアスタッフと記念撮影を行うお客さん、
ドイツビールを楽しむお客さんなど、
非常に会場全体が和やかなのも印象的である。

このロケ村の丁度真ん中にはイベントステージが
設置されているのだが、我々が中に入っていくと
ステージが賑やかだ!

しかも子供達で溢れている!!

そうっ、スーパーヒーローライブ!

『轟轟戦隊ボウケンジャー&仮面ライダーカブト』



真っ最中。
どっかんどっかん火薬は爆発するは、勢いよくスモークは出るはで大盛り上がり!
敵役にヒーローが一瞬やられそうになった時の事だ。


ヒーロー(以下ヒ)「くっ!よい子の皆!俺達に力を貸してくれ!」

チビッコ(以下チ)「がぁんばれぇ〜〜!」


ヒ「まだだ!もう少し力を貸してくれ!!」

チ「ぐゎんばりぇえええ〜〜〜!!」


会場が一つになるとはこういう事を言うのだなと。普段やさぐれた生活に身を費やしている我々YAJIKITA一行、ちょっとマジで感動してしまいました。ホロリ。

その後無事に悪を倒したヒーロー達、控え室にはける。間髪入れず司会のお姉さん

『今日はボウケンジャーの皆さんが来てます!みんなで呼んでみよう!』

と舞台袖を振り返ると、子供達の呼び声と共にボウケンジャー出演俳優陣5人が生登場!
キラキラしたオーラをまとった男3・女2の若者が爽やかにステージ上に現れた。

勘の良い皆さんならもうお気づきでしょう。みなまで言わない。

さてこちらロケ村には村長さんがいらっしやいます。

我々はこのロケ村完成までの経緯や、当時の俘虜達がどんな生活を送っていたのかを伺うべく、
森本繁一村長のもとを訪れた。
板東俘虜収容所には当時およそ千人の俘虜達が収容されていたという。
時代が時代である「戦に負け、敵の手にむざむざ落ちるくらいなら自決せよ」というのが一般的な日本軍人の思想であったろう。

しかしここの所長の松江豊寿は「彼らも祖国の為に戦った。英雄として扱うべきだ。」としてまさに武士道をもって接したのだ。

所内では製パン所、印刷所、また裏山には俘虜の為の別荘まで作られた。俘虜達はこの板東俘虜収容所を模範収容所[ムスター・ラーガー]と呼び褒め称えたという。
敗戦国の人間をこのように人道的に扱う事が出来たのは、松江豊寿所長の生い立ちによるところも大きい。松江豊寿は明治6年会津若松で生まれる。

そう、戊辰戦争において新政府軍と戦い敗戦した藩の出身。厳寒、不毛の地斗南[となみ]へと移住させられた経験をもつのである。一度でも「負ける」という事を知った松江豊寿だったからこそ、敗戦国ドイツの俘虜達にここまで人道的な扱いを出来たのではないだろうか?

そんなことを村長のお話を伺いながら考えてみた。
その後近くにあるドイツ人慰霊碑、俘虜達が建築技術として残していった橋『めがね橋』を取材していく内に、ますますこの板東の地とドイツの関わりの深さを実感していくYAJIKITA一行。

その気持ちをまた高めてくれそうな場所へと赴いた。その名も…、
ドイツ軒。

グーテンターク。

ここは鳴門市にあって本場ドイツパンの味わいを堪能出来る、老舗のパン屋さんなのだ。お店を仕切るのは、4代目の職人:岡則充さん。

お店の中には沢山の菓子パンやおかずパンも並ぶのだが、その中に美味しそうなドイツパンが数種類!!焼き上がりの大きな黒っぽいパンを頬張ると、じわ〜っと溢れ出すライ麦の香ばしさ、甘さと、ドイツパンならではの微かな酸味。ゆっくり噛んでいくとその旨味はゆっくりとふくらんでいく。

横でタマゴパンを食べているPのK多氏をよそにインタビューは進んでいく。
店のルーツは、板東俘虜収容所でドイツ人パン職人から技術を学んだ初代職人が、一九一九年に徳島市内でドイツ軒を創業したのが始まり。

藤田さんの弟子で岡さんの祖父・高善さんが「撫養支店」として昭和十二年に開業したのが現在の店だという。
それから岡さんの父、そして岡さんへと店は受け継がれていったのだ。

本場ドイツでも認められたドイツ軒のドイツパンは間違いなく本物だ。いまでは県外からのお客さんも増えているという。みなさんも是非、この味を試していただきたい。
『ドイツ軒』

пF088-686-3698   住所:徳島県鳴門市撫養町南浜東浜674 です!

徳島と言って思い出すもの、忘れてはいけないものの一つに「鳴門の大渦」がある。
潮流の関係で大鳴門橋の下に出来る渦のことだ。あのグルングルンの画を見たことがある方も多いだろう。
徳島に来たのなら、やはり一度見ておかないと!とのことで一行は徳島と兵庫を結ぶ「大鳴門橋」へと向かった。
この大鳴門橋だが、鳴門海峡をまたぎ、鳴門〜淡路島を結ぶ全長1629mの吊橋で1998年に完成した明石海峡大橋と連絡し、神戸〜徳島を結ぶ高速道路になっている。

そしてこの橋の内部には「渦の道」と言う、橋の丁度真ん中あたりにある展望室へと続く観光道があるのだ。

そしてここのパンフレットには若干嫌な文字が…

『渦上45メートルのスリル』
さぁ、ここがYAJIKITA一のへっぴり腰、井門宗之の真骨頂。見せ場である。
いままで数々の取材旅行で名人芸とも言える<ビビリ>を見せてきた俺ちゃんだ。
<本物のビビリ>ってヤツを見せてやる!

この渦の道、ご丁寧に橋本体の影響を軽減するため両側面が網構造となっており、
スカスカなのである(勿論、安全性は確実ですよ)。


そして展望室にたどり着くと床には畳一畳分の強化ガラスがはめ込まれ、ダイレクトに45メートル下の渦を見下ろす事が出来るのだ。これか…。これなのか…。
渦上45メートルのスリルって…。


まさに足元は激流。もちろんこの強化ガラスの上に立ったって全く問題無い。
現に子供達は「きゃっきゃっ」言いながら、その上を飛び跳ねている。
危ない…、そんなことしちゃ危ないよ…(だから安全性は確実なんだって)。


YAJIKITAスタッフ「よし、井門を両端から押さえろ!」

井門「!!!!!!!(ドラゴンンボール風)」



ジタバタする俺ちゃん。喜ぶガキ…いや子供達。

Y「おりゃ!(ドンッ!←ガラスの上に押される井門。」

井「うにゃあああぁぁぁぁぁあああぁぁ……
                  (トンッとガラス上に着地。」



ふっ、どうだ、このへっぴり腰。
あれっ、どうしてだろう?視界が何かで潤んでる…?(だから安全なんだってばよ。)

そんなこんなで渦の上を堪能した我々一行。
ただし、イメージしている『大渦』というのは、よほど条件が揃っていないと見られないんだそう。
カメラマンのK吾も随分粘ってカメラを構えていたが、結局綺麗な形の大渦は残念ながら確認する事が出来なかった。

さて、今日も今日とて夜の徳島を堪能なのである。(⇒徳島に飲みに来たのか??

その土地を深く知るためには、やはりその土地に根付いた名産・特産を食べなきゃダメ!そしてここ徳島にある名物の中でも、特に最近赤丸急上昇中のものがあるという。それが美味ちい、美味ちい鶏肉の、

阿波尾鶏[あわおどり]なのだ!色々なブランドを掛け合わせ、やっと辿り着いたブランド鶏。

もうね、何と言うか、ジュ〜スィ〜?肉汁がいっぱいとか噛むと甘いとか、よくレポーターが肉を表現する時に使うフレーズだが、適度な歯ごたえ(噛むとギュッギュッって音がする位)と、新鮮な鳥だけに許された刺身の甘さ…。焼きもたたきも刺身も、何でもいけちゃうんだから素晴らしい。

阿波尾鶏を「2羽分位食ったんぢゃないか?」と満たされた我々は、夜の街へと消えていった…(詳細は秘密)。

6月11日(日)

徳島滞在3日目。あまりの徳島の居心地のよさに、YAJIKITA一行、真剣に徳島移住を企て始める。
さて、本日は朝からBANDOロケ村に移動!もちろんモギリの娘に会う為である(大嘘)。

今日はBANDOロケ村に、映画『バルトの楽園』出演者が集まり、記者発表会なのだ。発表会の前に、ロケ村内にて、映画原作本の訳者:林さんにお話を伺う。ますます松江豊寿や当時の板東の人々が、どれだけドイツ人俘虜達と素晴らしい交流をしいていたのかを再認識する我々一行。

みなさんもこの原作本、是非御覧になってくださいね。

さぁ、汗もしたたる様な快晴の空の下、メインステージ前にはたくさんのお客さんとマスコミ陣。

いよいよこのロケ村に『バルトの楽園』出演者が登場する時間が迫ってきた。

司会の女性が現れると、続々と出演者がステージへ。お客さんの声援が大きくなると、ついに松平健さんが登場!このクソ暑いのに(←言葉が悪いって)映画さながらの軍服姿!ファンもマスコミもかなりのヒートアップ。しかし、今日はこれだけでは無かったのだ。

ロケ村での記者発表を終えた出演者の皆さんは、その後、徳島市で行われている『ストリート爆発フェスタin徳島市』の会場へと移動。暑さの中のハードスケジュール、恐れ入谷の鬼子母神なのである。

このイベントは四国4県の伝統のお祭りが集まるという大規模パレードなのです。香川からは『龍神太鼓』。愛媛からは『継ぎ獅子』。高知は『よさこい』。そして地元徳島はもちろん、『阿波踊り』である。YAJIKITA一行も車を飛ばし、このイベントを取材すべく会場に向かった。

会場となったのは『新町橋通り』。この通りを車両通行止めにして、大勢の人が踊り歩くのだ!

この日の会場の熱気たるや、もう徳島の最高気温が2、3℃上がったんぢゃないか??と思う程。
各県の踊りも終わり、沿道に詰め掛けた人々がアノ人の到着を待っていたその時!

時刻は13時30分マツケンの登場である!

阿波踊りの踊り手に囲まれながら、なんとハーレーの側車に乗り、コマ劇スタイルのマツケン。

ブルーを基調にしたラメラメ浴衣が素敵。13時45分には『バルトの楽園』の出演者も登場し、徳島は恐らく今年一番の盛り上がりをみせている。全員が揃ったところで、ついに、ついにあの名曲が!!!

マツケンのAWA踊り わー!


四国みな祭りに参加している4県の踊り手達が、ステージを囲むように『ヤットサー、ヤットサー』なのだ。
軽やかなステップを踏むマツケンさんや出演者の皆さん。ぐるりを囲むお客さんも自然と笑顔になって、
手拍子や踊りだす人たちまで。ここにいる皆が、心を一つにしてこのイベントを楽しんでいる。


今回の旅では井門も徳島伝統の踊り『阿波踊り』を体験する事ができたのだが、徳島の阿波踊りにかける熱気には驚かされる。だって、だってさ、イベントが行われた新町橋通りのちょうど行き止まり、眉山ロープウェイの発着所にもなっているビル、
その名も…





阿波おどり会館


ちゅなビルがあるんですもの。
中では阿波踊りの歴史に触れる資料展示コーナーや、



阿波踊りロボット




阿波踊り体験コーナー

などなど、盛りだくさんな阿波踊りビルなのである。

ここで井門も阿波踊りを体験したわけだが、阿波踊りのコツをみなさんはご存知だろうか?

2拍子のこの踊りは、右手と右足、左手と左足という風に同じ手足を出しながら踊るというもの。しかもその踊りには数種類もの「型」があり、非常に奥が深いのだ。井門は何とか形になったものの、DのM田氏、カメラマンのK吾氏は…プププ。いやぁ、8月が本番という阿波踊りだが、これは絶対見に来たいと心に誓った井門なのであった。

今回のYAJIKITA取材、映画『バルトの楽園』のロケ地やそこにまつわる人々を訪ねたわけだが、
第一次大戦中という時代背景の中で、こんなにも美しくドイツ人俘虜と日本人が繋がっていたことに驚きを感じた。
当時の板東俘虜収容所では、所長の松江豊寿はドイツ人達をこう考えていたのではないか?


『彼らは我々よりも優れた技術・能力を持っている。』と。


そしてその考え方は、なかなか出来るものではない。ある宗教学者がこう言っていた。
『<私が一番、あなたは二番>。そう考える人(国も宗教も)が多いから、争いは起こるんです。
<あなたが一番、私は二番>。そういう風に考える事が出来て、初めて争いは無くなるんです。』
当時の松江豊寿という大人物は、この考えを確かに持っていたに違いない。

いま、あなたがこの文章を読んでいる瞬間も、世界中で争いは起こっている。

ゆっくりと3秒数えてください。

1・2・3。

この3秒の間に発展途上の国々では子供が1人亡くなっている。


今すぐに争いを無くす事は不可能なのかもしれない。
ただ、およそ100年前、板東の地で生きていたドイツ人俘虜達と地域の人々の間には、お互いを敬う気持ちが誰に言われるでもなく自然と生まれていた。そしてその平和の萌芽は収容所に奇跡のような出来事を起こし、歓喜の歌が降り注いだのである。



おお、友よ、この調べではない!
もっと快い、喜びに満ちた調べに、ともに声を合わせよう。

歓喜よ、美しい神々の花火よ、天上の楽園の乙女よ!
我ら情熱に溢れ、崇高な、あなたの聖所に足を踏み入れる。
あなたの奇しき力は、時の流れが厳しく切り離したものを、再び結び合わせ、
あなたの柔らかい翼の留まるところ、すべての人びとは兄弟となる。

 
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