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旅日記 : 岡山エフエム DJ 牛嶋俊明

暮らしが息づく、倉敷・本町通りを歩く…。

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『YAJIKITA ON THE ROAD』に久しぶりに登場のFM岡山の牛嶋俊明です。今回は2週に渡ってレポートします。
まず1週目は倉敷市美観地区にある本町通りです。

美観地区というと、誰しも倉敷川が流れる道筋を思い浮かべるでしょう。商人の町家や白壁の土蔵が立ち並び、
柳並木が川面に揺れています。しかし、その裏通りの本町通りこそが、かつては町の中心地だったのです。

本町通り一帯は、塗屋造の町家が立ち並ぶ、庶民的な雰囲気の漂う町並みです。この一帯は人々の生活に密着した
昔からの店舗や現役の住居が多くあり、今を生きる人々の生活の場でもあり、生きた本物の町並みといえます。

今回、我々スタッフは本町で町屋喫茶を経営する三宅商店・店主の辻信行さんの案内で取材を行いました。
出発点は三宅商店。さっそく出発です。

まずはすぐ近くの鶴形山に登りました。標高約35メートルの小さな山ですが、100段ほどの石段を上がると、
そこには鶴形山公園が広がっており、倉敷の総氏神である阿智神社もあります。

倉敷市街はかつて海でしたが、高梁川の運ぶ土砂と干拓によって今の陸地になりました。
阿智神社のある鶴形山もかつては小島で、応神天皇の時代に百済より渡来した阿知使主(アチノオミ)の一族が
この地に住みついたのが、その名の由来といわれています。

水夫、漁民の祖神として、あるいは海上安全の守護神として崇められましたが、江戸初期の干拓後は倉敷の
氏神として妙見宮と呼ばれていました。

そして明治2年(1869)には元の名前に戻り、現在に至っています。特に春秋の素隠居祭は有名です。

また、樹齢500年を越える「阿知の藤」があり、岡山県の天然記念物に指定されています。初詣はもちろん、
春は桜の名所としてもお馴染みで、毎年たくさんの花見客で賑わう公園でもあります。

そして、山からは倉敷市内が一望出来ます。新しいビルはもちろん、古い建物も多数点在していて、
歴史ある街を感じさせてくれます。ここも是非押さえておきたいスポットのひとつです。
次は倉敷本町の歴史を知ろうと、地元に住む大森久雄さんのお宅にお邪魔しました。

大森さんは元高校教師で、野球部の監督も努めていたそうです。定年退職された今は岡山県歴史教育者協議会の
会長を務めています。大森さんには所有する200年前の倉敷美観地区の地図を見ながらお話を伺いました。

200年前という事ですが、驚いたのは当時と“道”が全く変わっていなかったことです。区画整理が行われていない事、
そして戦争で空襲を受けなかったのが理由ですが、美観地区に大原美術館があったから・・・という話があります。

というのも、大原美術館は日本で最初の西洋美術館ですが、当時日本で本物の西洋絵画を観ることが
出来たのはここだけで、関東や関西からも美大の学生が大勢、勉強のために倉敷を訪れたそうです。

そんな大原美術館の絵画を残すためアメリカ軍が倉敷美観地区を攻撃しなかったという話があるそうです。
江戸期には幕府の直轄領(天領)で、年貢米、備中国の物資のほとんどが集積していました。問屋がひしめき合い、
しかもそれらが富を繁栄した頑丈な造りであったからこそ、このような連続した町並景観が今に残っています。

倉敷川は、かつては海に接した港町で慌しく荷卸が行われていました。そんな活気は、
今は観光客の賑わいに変わっています。

『観光といえば、みんな川沿いばかりに行くけど、当時はこっちの方が活気ある賑やかな通りじゃったけどなぁ〜。
こっち(本町)もちゃんと見て欲しいなぁ〜』と大森さん。

その通りです!是非、倉敷を訪れた際は川筋だけでなく本町通りも見て下さいね。
次は、鶴形山を下ったところにある『おいしいものブティック 平翠軒』にお邪魔しました。

ここは、「くらしの中の食べ物、飲み物」をコンセプトに、全国津々浦々から集められたこだわりの食材を扱う店で、
興味深い「おいしいもの」が所狭しと並んでいます。

専用パンフレットには厳選された約100点の商品が掲載されていますが、奥に広がる店内には900点が
常時陳列されています。この店を運営しているのは、すぐ横にある造り酒屋の森田酒造の森田昭一郎社長です。
商品は全て森田社長が現地に足を運んで見つけたもので、森田社長の目線で選んだ商品との事。

『先日、まずい!とお叱りを受けた商品がありましたが、私が美味しいと思ったから入れているんです(笑)』と森田社長。
ちなみに平翠軒とは、森田家に古くから伝わる茶室の名前です。江戸末期の漢学者、貫名海屋が命名したと伝えられます。

そして、『平翠軒』の2階にあるのが、『ギャラリー破"流知庵くらしき』です。
これも造り酒屋の森田酒造が営むギャラリーで、美味しいコーヒーが頂けるのはもちろん、絵画、クラフトと
様々な展示が行われています。

2階からは森田家の庭を見る事が出来ますが、ここから見る風景は最高です。
なお、コーヒーは1階で注文してから2階に上がってくださいね。

続いては、倉敷市民でも知らないという穴場を辻さんに紹介してもらいました。倉敷公民館の3階にある音楽図書室です。

昭和44年に設置されましたが、クラシックを主体に、LPレコード7500枚、SPレコード3000枚、音楽テープ400本、
コンパクト・ディスク(CD)1600枚、レーザ・ディスク(LD)500枚、音楽図書2400冊、楽譜1500冊を収蔵していて、
専門的な音楽の勉強、生涯学習、憩いの場として親しまれています。

レコードやCDやテープは、ヘッドホンを通して最大16人が同時に聴くことができる設備になっていて、
LDは4台のモニターテレビを使用し、最大12人が同時に視聴できます。
そんな中で『貴重な音源は?』と担当の柿本早織さんに聞いたところ、昭和20年代に作られたという倉敷音頭、
倉敷小唄があるとの事。

早速聞かせて頂きましたが、倉敷小唄は
『山は鶴形〜紫かすみ〜(略)〜春はおぼろに酒津のさくら〜(略)〜通うほまれの美術館〜』など、
倉敷の街をキーワードにした詞が特徴的だった。

演奏や歌は昔っぽかったが、これをうまくアレンジすれば十分使えると思うのですが、果たして倉敷市民の方はいかに?
本町通り進むと、建物の中から笑顔でこちらを見ているおばあさんと目が合いました。

そこは『倉敷遊楽窯なえしろ』という器を扱ったお店でした。おばあさんの素敵な笑顔に吸い寄せられるかのように
店の中へ入りましたが、おばあちゃんは大正15年生まれで、我々に倉敷の良さをあれこれと雄弁に話し続けました。

やがて、大原美術館・直営の喫茶店エル・グレコの話になりましたが、おばあちゃんは、30代後半から60歳まで
そこで働いていたとの事。

話の節々に『大原さんがいたからこそ今の倉敷がある。私も夫に勧められてエル・グレコで仕事をしたけど、
仕事をしてなかったらつまらない人生だったかも』とおばあちゃん。大原とは…そう、大原孫三郎の事だ。
大原孫三郎は、1880年(明治13年)、江戸時代に綿の仲買で財をなした商家の三男として生まれました。
父孝四郎が88年(明治21年)に設立した倉敷紡績工場を継いで2代目社長に就任したのは、弱冠24歳の時。

実業家として父に劣らぬ手腕を発揮し、銀行、電力会社、新聞社、ほか多くの会社の社長・取締役を兼任するなど、
産業、金融界のトップに君臨し、岡山の近代化に尽力しました。

また、キリスト教に深く帰依し、その精神に基づくとして、孤児院への資金援助、奨学金制度の設立、職工の待遇改善、
病院の開設、美術館の設立など、社会・文化事業に惜しみなく財をつぎこみました。
企業家が負うべき社会的責任を広く世に知らしめたという意味で、その功績はあまりに大きく、今も称賛の的となっています。

岡山県民はもちろん、この話を頭に入れて観光すると、より楽しめるかもしれません。
歩を進めると、「東町」という青い表示が見えてきました。 本町通りのはずれですが、
まるで大正にタイムスリップしたような錯角におちいるノスタルジックな空間を味わうことができます。

少しでもこの空間に身を置いておきた!そんな気持ちになれる場所です。
昔ながらの町並みの中に味わい深いお店もあり、最近では隠れた観光スポットとして注目されています。

そんな中で注目を集めるのは明治2年創業の『はしまや呉服店』です。
国の登録文化財である店舗兼住宅を始め、中庭の樹齢250年のさつき等々、気品と風格を兼ね備えた老舗です。

また文化人の集うお店としても有名で、かつてはかのサルトルやボーヴォワール、司馬遼太郎等も訪れたそうです。

掃除が行き届いている店内は、ちりひとつない綺麗さ。思わず『うわぁ〜綺麗!』と声をあげてしまいましたが、
5代目当主・楠戸悠一郎さんの奥さん恵子さんは、『うちでは掃除は男の仕事で、代々、当主自らが掃き掃除、
拭き掃除をしているんです。

毎朝1時間かけて丁寧に掃除をしているんですよ』と説明してくれました。
ここに商売の基本があり、家を守り、活かしていく責任と誇りがあるのでは?感動!

はしまや呉服店には7つの蔵があります。

その内の一つである米蔵を改装して造ったのが『夢空間はしまや』です。呉服店のすぐ横、
「何があるのかな‥」と思うような細い路地を進むと、そこには集いの場が現れます。

普段はコーヒーやお抹茶を出すカフェとして営業していますが、ゆったりとした独特の空間では、
ギャラリーやコンサートもしばしば開催されており、地元でも人気のスポットの一つになっています。
とっても雰囲気の良いところですので、ここも是非、訪れてくださいね。
最後は三宅商店です。江戸後期に建てられ数年前まで荒物屋として営業していた三宅商店。

この本町通りの歴史の一部になっている屋号をそのまま受け継ぎ、現在では町家喫茶として営業しています。
奥に長く土間が続き、蔵を構えています。土間、蔵、土壁、縁側、昔ながらの間取り、懐かしくもあり、
ほっこり出来る時間がここにあります。

夏は桃のフローズンパフェが人気で、もちろんランチも楽しめます。我々スタッフはここで昼食を取りましたが、
カレーは超美味!是非、三宅商店も押さえてくださいね。

ちなみに三宅商店から倉敷の生活文化を発信する雑誌「暮らしき」が創刊されました。
編集長は辻信行さんです。県内の書店などで500円で販売しています。
以上、ここまでが1週目の取材ですが、番外編として、我々スタッフが夜に食事した店を紹介しましょう。

訪れたのは本町通りにある焼き鳥店・高田屋本店です。
1本1本手作りで、丁寧に塩をふって炭火で焼くこだわりのお店で、グループでの各種宴会・会合の場としても
多くのお客さんが利用しています。

この日もたくさんの人が訪れていましたが、美味しい串焼きの数々にスタッフはみんな満足!
こうして倉敷取材の初日が終わったのでした。

ところがどっこい!『美味しいラーメン屋さんがある!』と倉敷駅前の『中華そば・あずま』を辻さんに案内してもらいました。
カウンター10席弱の狭い店でしたが、入れ替わり立ち代りお客さんが入る人気店で、スタッフ全員完食して終了!

以上、初日のレポートでした。2週目は美観地区&備前市日生町での食べ歩きの模様をお伝えします。
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