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旅日記 : 岡山エフエム DJ 牛嶋俊明

風林火山の世界
〜信玄・勘助のゆかりの地を巡る〜

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今年のNHK大河ドラマは井上靖原作の『風林火山』です。武田信玄の軍師・山本勘助が主人公で、今回は信玄、勘助ゆかりの地・甲府市をレポートします。

東京から特急列車で約1時間半。甲府駅に到着しました。駅前には武田信玄の銅像があります。どっしりとしたイメージそのままで、甲冑に兜、そして軍配を手にしていて、まるで甲府市民を見守っているようです。

信玄像前で番組のオープニングトークを録りましたが、納得いかないしゃべりに『もう1回いいですか?』と要求。
しかし、『牛嶋さん、今のでOKですよ。なんかいつもよりイキイキしていますね〜(笑)』とMディレクター。

そうなんです。実は牛嶋は大の武田信玄好きで、約20年前にNHK大河ドラマで放送された『武田信玄』を見て以来、
大ファンになったのです。“信玄”というキーワードがあれば、テレビ番組を見、また書物にも目を通すほどです。
大学時代には甲府に一人旅をした経験もあり、きっと再び来る事が出来た喜びが声に表れていたのでしょう。

まずは、甲府駅前から北に向かって一直線の武田道路を通って、武田神社に向かいました。

武田神社は、武田信虎、信玄、勝頼の三代が居住した躑躅ヶ崎(つつじがさき)館跡で、
「人は城、人は石垣、情けは味方、仇は敵なり」という言葉にあるように武田信玄は、
甲斐国内に本格的な城を築くことはありませんでした。
人の信頼を得ることが、自分の身を守ること・・・という事で、これは現代にも通じていますよね。

とは言っても館なので防衛力はどうだったのだろう?と思いますが、この館を築いてからは他国に
一切攻められる事はありませんでした。主郭部、西曲輪、味噌曲輪、御隠居曲輪、梅翁曲輪、また、
甲州流築城術の特徴の良く現れた虎口や空堀、馬出しなど、しっかり防御施設を配した構造になっています。
神社内は観光ボランティアガイドの大西月子さんにご案内頂きました。

大手門をくぐると、『昔はここが大手門じゃなく、今の南門が大手門だったんですよ』と大西さん。
その話を聞いて、南門に行ってみる事にしました。南門、つまりは旧大手門ですが、入口には橋がありました。

しかし、石橋ではなく、石を積み上げた石垣風の土橋になっており、スペースは車1台が通れるほどの橋でした。
『へーっ!じゃぁ、ここを信玄が何度も通っていたのかぁ〜』と思うと感激!
こうした何気ないネタでも感動してしまう牛嶋でありました。
その他、境内に「姫の井戸」という井戸がありました。

この井戸は、一説によると信玄の娘が生まれた時に産湯に使用したそうで、その事に因んで、
「姫の井戸」と名前がつけられたそうです。
水そのものにも延命長寿、万病退散のご利益があるとされていて、いつでも自由に汲む事が出来ます。
次に、神社の裏に移動しました。
裏は畑が広がっているだけで観光客もここまで来る事はありませんが、ここからは要害山をのぞむ事が出来ます。

この山に、信玄の父・武田信虎が永正17年(1520)に要害城を築きました。標高は770m。
戦の際に立てこもるのを目的とした詰め城で、山頂を整形して主郭とし、
山腹にも連続的に郭を配置し防備を固めていたとの事。

また、要害山には信玄が生まれたといわれる積翠寺があります。
境内の巨石から泉が湧き出ていたことで石水寺と呼ばれていましたが、後に積翠寺と改められました。

大井夫人がこの寺で信玄を産んだといわれ、現在も産湯をくんだ井戸や産湯天神が残っています。
信玄はこの寺で和漢連句の会を開いた記録が残っています。

続いては信玄の正室・三条夫人の墓がある円光院に向かいました。

ドラマや小説などでは三条夫人は“冷たい女”で、その性格がゆえに“夫婦仲が悪かった”という設定になっているケースが
多いですが、本当のところは美人で気品があり、信玄とも仲が良かったそうです。

続いては、信玄の火葬塚に行きました。 信玄の遺体を火葬した場所だといわれています。

信玄の墓はこの他、山梨県内では大泉寺、恵林寺、長野県の諏訪湖、長岳寺と竜雲寺、和歌山県高野山、
愛知県福田寺、京都の妙心寺など全国にあります。

これは信玄が遺言によって、喪を3年間秘めていたことや、
万一の外敵を恐れて、埋葬地を秘密にしていた結果とみられています。

そして、大泉寺です。
ここは大永元年(1521)、武田信虎が天桂禅長を開山として建てた寺で、信虎の菩提寺です。

天正2年(1574)3月、信虎が信州で没した時、その遺骸を国元に送り、ここに埋葬されました。
戦災のため、法堂、庫裡などを焼失しましたが、幸い、武田3代の霊廟、総門、宝蔵は火をまぬがれ、
霊廟には信虎・信玄・勝頼3代の肖像が安置されています。

そして三代の墓も寄り添うように立っています。父を追放した信玄。
さぞかし信虎も信玄を恨んでいたのでは?と思いますが、駿河に追放された後も、
信虎はたびたび今川方の情報を信玄に伝えていた話もあるようです。

そして、信玄によって創建された甲斐善光寺です。

信玄は、長野善光寺が川中島の戦いで戦火に遭うのを心配して、
本尊の阿弥陀如来をはじめ諸仏や寺宝類を甲府に移しました。本堂と山門は国の重要文化財になっています。
撞木(しゅもく)造りの本堂は、東西約38m、南北約23m、高さ約26mもある堂々としたもので、
東日本最大級の木造建築物です。

最後は、始まったばかりの甲斐の国・風林火山博に行きました。

今年のNHK大河ドラマ「風林火山」に合わせて展開する大型複合イベントで、
「風林火山」関連の展示や各種イベントなどを行っています。
初日には大河ドラマで山本勘助を演じている内野聖陽さんが来たとの事。

いろんな見所がありますが、まずはNHK大河ドラマ「風林火山」に関連したゾーンでは、見る・知る・遊ぶ 
戦国エンタテイメントをテーマに、いろんな形で「戦国時代」を体験出来ます。

また、大河ドラマの出演者やストーリー解説、そして、迫力ある映像と音響や演出によって
戦国時代にタイムスリップする事が出来ます。
ドラマの貴重な台本やドラマの出演者が着る着物などの展示も行われていました。

その他、武田の時代なぜ?なに!展では、武田信玄と山本勘助の人となりを、今までにない新鮮な切り口により描き出し、
その精神や功績が後世にどのように引き継がれているかなどを紹介しています。

中でも驚いたのは山本勘助の肖像からコンピューターで勘助の声を再現している事です。
こんな事が出来るの?と信じられませんでしたが、是非これは会場に来て勘助の声を聞いてくださいね。

また、検定流行の昨今。甲府にも武田検定が生まれる事になりました。
実際、この会場では簡易版の武田検定を受ける事が出来ます。

パソコンに向かって10個の問題を解きますが、残念ながら牛嶋は10問中7問の正解に留まりました。悔しいぃ〜。
この後再度挑戦しましたが、今度は10問中9問正解。普通に見ればこれで万々歳なんでしょうが、
信玄好きを自認する牛嶋にとっては悔しい検定になりました。

なお、第1回の武田検定試験は、今年4月7日(土)に行われるとの事。受験したいなぁ〜。以上、甲府レポートでした。

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