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旅人 : 工藤彰乃

津軽三味線の日本チャンピオンが決定!

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「津軽三味線日本一決定戦」…。
今年から青森県青森市で始まった、2日間に渡るイベントです。

最近は、ブームもあって「三味線」が若者の間で見直されています。しかし、津軽三味線がもてはやされているのは、
演奏のみ。いわゆる「曲弾き」というものだけです。
この番組でも、以前、津軽三味線をお伝えしたことはありますが、その時に、津軽三味線は、伝統的な津軽民謡の3つの要素
「唄、手踊り、演奏」の演奏に当たる位置付けということをご紹介しました。だからこそ、今回のイベントは原点である
「唄付け(唄にあわせて伴奏をすること)」も重要視しています。

イベントはいくつかの部門に分かれ、5月2日と3日に開催されました。私は落ち着いた感じのイベントだと
想像していたのですが、日本一を目指して全国各地から参加者が集まり、はるかに活気があり驚きました。
日本一が決まるのは「GT日本一の部」の参加者の中からです。「曲弾き演奏」と「唄付け伴奏」の両面から審査され、
総合計で1280点を超えなければ(詳しくは細かいので説明しきれませんが)、
いくら点数が高く出場者の中で一番だったとしても、日本一にはなれないという厳しいものです。

実行委員のメンバーで、津軽三味線全国協議会 理事長の工藤満次さんにお話しを伺うと、
「この条件だと、もしかしたら日本一が決まらないということも考えられます。なにしろ、初めてのことなので、
私たちにも分かりません。」とのこと。私も、日本一が決まらない事もあるの?? と何だかドキドキしてきました。



工藤満次さんと一緒に


工藤さんの引いたくじで演奏する曲が決定!参加者は
開会式のこのシーンまで演奏する曲が分らないんです

私は、実際に津軽三味線を生で聴くのは初めて。しかも、たくさんの方の演奏を聴くことが出来るので、楽しみにしていました。津軽三味線は演奏する人によってどう違うのか、興味が深まります。
まず驚いたのは「ジュニアの部」。1人目はまだ小さな小学生の男の子で、三味線が大きくみえました。なのに、
見事にそして 堂々と演奏していました。

その後も、小学生、中学生が、男の子も女の子も背筋をピッと伸ばし、演奏する姿は
格好よく、演奏も感心するばかりでした。

「ジュニアの部」で優勝したのは、茨城県から参加した中学一年生の女の子・川嶋志乃舞さん。インタビューをお願いすると、
ちょっと恥ずかしそうにしながら、笑顔で答えてくれました。瞳が輝いていて、本当に津軽三味線が好きなことが
伝わってきました。彼女は3歳の頃から三味線を始めたそうですが、本人は覚えていないとのこと。



川嶋さんの優勝を告げるスクリーン


そのスクリーンを、ステージ上から見上げる川嶋さん

「もっと練習をして、日本一になりたい。」という言葉を聞いて、ひとつのことを続けていき、極めようとする姿に、尊敬! 
したのでした(相手が中学生なのに・・・)。



川嶋志乃舞さんと一緒に

「団体の部」もあり、3名〜10名のりんごの部。11名以上のねぶたの部にわかれています。
団体の見所は、全員がそろっての合奏です。しかも、参加者はひとつのグループに小学生低学年からご年配の方まで、
年齢も様々です。

にもかかわらず、全員がそろえての演奏。団体ならではの難しさがあるようです。
合奏になると迫力があり、音だけでなく、手の動きもそろっているので、見た目にも個人とは違う楽しみ方ができました。

そして、日本一を決める「GTの部」。
始まる直前に、2名の参加者にお話を伺うことができました。
一人は、地元の青森市から参加の女性・白鳥美根子さん。白鳥さんは「とにかく、自分の演奏をするだけです。」と
語ってくれました。もう一人は、地元出身ですが、現在は東京在住の男性・福士豊秋さん。
福士さんは、津軽三味線歴が31年という経験者。「落ち着いて演奏をして、日本一をとれるよう頑張ります。」と
力強く答えてくださいました。

まずは、曲弾き演奏です。(他の部門も共通ですが)演奏が終わってすぐに点数がでるため、その場で順位がつけられ、
1位から5位の人(部門によっては3位まで)はステージに残ります。そして、後の演奏者の点数が高いと、
徐々に順位が下がっていくという方式です(わかります??)。

点数がでるたびに、ドキドキします。曲弾きが終わった参加者の中で一番点数が高いと、司会の方が
「暫定で1位です。いまのところね・・・。」と紹介をするので、その時の演奏者が嬉しそうな、
でも、ここから下がっていくのかという不安そうな表情をするので、見ている私も苦笑いしてしまいました。

曲弾きの審査に臨むG1の部の参加者たち


開始直前にインタビューをした福士豊秋さんも…

後半は曲弾きの点数が低い順に、唄付けの伴奏です。
プロの民謡の唄い手さんに合わせて伴奏するというので、緊張も高まります。

唄付けの審査に臨むG1の部の参加者たち

唄付けが好き、得意だという方もいましたが、中には「周りに唄を唄ってくれる人がいなくて、唄付けをしてみたかったんです。
出場すれば唄付けができ、しかもプロの方が歌ってくれるので、こんな機会はないと参加を決めました。」という方もいました。
いろいろな参加目的があり、またそういった機会がないことにも驚きました。

審査委員長で、津軽民謡研究家の松木宏泰さんも、「この大会の醍醐味のひとつは、
プロの唄い手と一緒にできる貴重な機会です。」とおっしゃっていましたが、その通りでした。



松木さんにインタビュー中


控室ロビーで、自分の番が来るまでドキドキしながら
他の人の演奏をチェックする参加者たち


会場では真剣な表情の審査委員たち
唄付けの審査に臨むG1の部の参加者たち

そして、すべての唄付け伴奏が終わり、日本一が!!
しかも、初代日本一となったのは、私たちが演奏前にインタビューをした、福士豊秋さんです。
演奏も素晴らしく、楽しそうに弾いていたのが印象的でした。
また、唄付けのときにイスの方向を変えていたのが気になりました。

福士豊秋さんは、曲弾き暫定1位なので最後に登場


日本一が決定した瞬間! 
ステージ上の上位入賞者5人が見上げる


司会者が日本一に輝いた福士さんにマイクを向ける


テレビ局や新聞社が詰め掛けた共同インタビューの様子。
福士さんは、この後すぐに表彰式に臨む為、時間がほとんどない中でのインタビュー。
そこでテレビでよく見掛ける代表者質問の様な事になってしまって、なぜか工藤のインタビューのQ&Aを
各メディアが真横で撮影・メモを取っていく…。思わぬ大役に工藤、緊張のひとコマ! 
ちなみに翌日の某新聞にも、工藤の質問と福士さんの答えのやり取りがしっかりと記事になって掲載されていましたよ。

優勝インタビューは、たくさんのテレビ、ラジオ局が集まり、福士さんを囲みました。
そんな中、私たちが一番に話しを聞けることになり、今度は私が緊張する番でした。
でも、演奏前にも話したので、私も嬉しくて興奮して話しかけました。

「日本一、おめでとうございます! 今のお気持ちは? 31年の経験があっても緊張しますか?」
「周りからの期待もあり、プレッシャーがあったので。とにかく優勝できて嬉しいです。」
「唄付けのとき、相手と慣れていないと合わせるのは難しいですか?」
「唄付けは、得意としていましたが、唄い手さんの顔がみえないと伴奏しづらいので、顔が見えるように気をつけました。」

なるほど・・・。だからイスの方向を変えていたのだと、言われて気づきました。
それまでは、唄い手さんと伴奏者は横に並んでいる状態。伴奏者が少し前にいる状態だったのです。
さすがです! やはり、ベテランだなぁと感激しました。



日本チャンピオンの福士豊秋さんと2ショット!!

このイスの方向については、開催終了後に話しを伺った、審査委員で津軽三味線長谷川流・家元の長谷川裕二さんも
感心していらっしゃいました。

また、「日本一が決まり安心しました。ただ、全体の印象では、少しずつ本来の津軽三味線のリズムではなくなっているところも見受けられたので、これをきっかけに昔からの津軽三味線を伝えていきたい。」と話してくださいました。



長谷川さんと一緒に
各部門の表彰式の様子

 

津軽三味線の奥の深さを感じずにはいられない一日となりました。

また、一日聴いてみて、3本の弦しかなく同じ曲なのに、演奏する人によって音が違い、
曲に個性がでるということも分かりました。表現の難しさを感じたからこそ、一度でいいから、
津軽三味線を弾いてみたいと思いました。(一度でいいというのは、きっと、私には極めるだけの根性がないから!?)

今回の旅は、とても奥の深い日本の音と出会いました。

 

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