周辺地図はコチラ
 

小説“坂の上の雲”のまち、松山を巡る

HOME>愛媛1>愛媛2
     
 

あなたが思い浮かぶ松山を舞台にした文学作品と言えば、どの作品を挙げられますか?
数々の作品の中で夏目漱石の「坊ちゃん」を挙げられる方も沢山いらっしゃると思います。
近年ではその「坊ちゃん」の他にもう一作品注目されています。
それは司馬遼太郎の「坂の上の雲」。坂の上の雲をモチーフにしたものも続々と登場しています。

今回の旅はこの二つの作品にスポットを当て、
松山出身のわたなべが著者や登場人物がたどったと思われる松山の町並みをご紹介します。
「坂の上の雲」は司馬遼太郎が40代のほとんどをかけて書いた長編歴史小説で、
松山出身の文学・俳句の道に進んだ正岡子規、陸軍で秋山好古・海軍で真之兄弟の3人の人生を辿りながら
日露戦争が勃発する激動の時代の中で夢や希望を抱きつつ生き抜いている様を描いています。

実は松山市内には、小説ゆかりの遺産が数多く残っています。(実際私の家の裏山にも遺産があったりするんですよ!)
この遺産は松山市内のあちらこちらに数多く点在しているのですが、松山市では松山市内全体を
「屋根のない博物館」に見立てて県内外に紹介しようとする「フィールドミュージアム構想」を掲げて
坂の上の雲のまちづくりを進めているそうです。
ガイドブックも用意されているそうですのでぜひチェックしてみてくださいね!

松山市内から車で約30分。「梅津寺」という場所に、「坂の上の雲」に登場する秋山兄弟の像があるというので
この旅の始まりに秋山兄弟がどんな人なのかを確かめるべく訪れました。
正直なところちょっと場所がわかりにくく、スタッフを乗せた車は山道に迷い込んでしまい往生してしまいました…
もうちょっとデッカイ看板だとありがたいのですが。まぁこれも旅のおもしろいトコかな。

その看板を頼りにトボトボと坂道を登ると銅像が見えてきました。秋山好古(兄)の銅像。
「あれ?真之(弟)さんの像は?兄弟の像だからとなり合わせに立ってるんじゃないの?」と不思議に思いつつ、
また坂道をトボトボと真之像捜索隊は歩く歩く…5〜6分…いやもうちょっと歩いたかな。
ジャーン!やっとの思いでたどりついた真之像!

秋山真之は海軍に属していたという事で像の近くにはイカリなど海軍に関わりのあるものもあり、
それらを見ているとふとノートが入ったクリアボックスを発見!中を覗いてみるとこの像を管理している方からのもので
「ここに訪れた記念に何か一言書いてください」と書かれてあった。
中にはご年配の方々の一言旅日記などが書き添えられていました。
お互いの顔はわからないけど交わされた言葉…あったかい旅の交流に触れる事が出来ました。私こういうの大好きなんです。

ホンワカ気分でノートを見ているとあちらこちらから「ブーン」という羽音が。辺りを見渡すとここは藪の中。
そう!ブーンの正体はやぶ蚊だったのだ!このブーンの数がハンパじゃない!ス○ンガードの実験CMじゃないんだから…
くらい蚊が私たちを襲撃してきたのでそそくさと退散したのでありました。
後で数えてみたら10ヶ所以上も刺されておりました…カイーノ!

話は逸れましたが…そもそも何故二つの像それぞれ違う場所にあって、
それぞれ違う方向を向いているのだろう??と疑問に思ったわたなべ、調べてみました。
兄・好古は日露激戦の地満州方面、弟・真之は日本海海戦のあった対馬の海方面に向かって立っているそうです。
なぜそちらを見ているのかという疑問はぜひぜひこれを機会に一度「坂の上の雲」をご一読くださいませ☆

先ほど「フィールドミュージアム構想」について少し書きましたが、その中心となる施設が「坂の上の雲ミュージアム」。
今年4月オープン。松山の友達から噂は聞いていましたよ。建築家安藤忠雄氏が設計したものということで、
かなり斬新なデザイン。なんだけども建物の色がグレーなので周りの景観に不思議と溶け込んでいました。
このミュージアムは展示機能だけではなく
フィールドミュージアムについてのガイダンス機能も兼ね備えている施設ということなので松山散策の最初に訪れて、
散策プランを立てるのもよいかも。ガイドブックやらの資料もたくさん手に入ります。

そしてこのミュージアムでは沢山のイベントも精力的に行っていますが、
この日はちょうど「坂の上の雲」リレー朗読会が行われていました。私たちも一部見させていただきましたが、
小説一つとっても、読書をする事と朗読を聴くのとはまた違った魅力がありますね。
受け手の想像力もまた違った広がりをするというか…。わたなべも朗読するということに興味を持っておりまして
ぜひぜひいつか朗読やってみたいなぁなんて改めて思いました。

あっ!そういえばこの「坂の上の雲」、NHKによってドラマ化されるということなのですが、
また映像で再現したものを見るとまた新たな感動があるのでしょうね!

坂の上の雲ミュージアムを出発しロープウェイ街を通り、生家に近い形で2005年に復元された
「秋山兄弟生誕地」を訪れることに。

予断ですがこのロープウェイ街、わたなべが昔バイトをしていたお店があるんですが…
「なつかし〜な〜」なんてそのお店を通るとたまたま店長が店の前にいらっしゃって、
もんのすごい懐かしの再会を果たす事が出来ました!すっごい偶然!
その店長に「ヨシコ!お前なんでここにおるんぞ〜」と聞かれたので「秋山兄弟生誕地」の場所を尋ねると
「そこやったらこの道入ってまっすぐ行った所にあるけん行ってみと〜みや〜。
ほれよりお前帰ってきたらちょくちょく顔見せにこんといかんがな〜」とバリバリの松山弁(笑)やっぱホッとしますね!
店長に言われた通り、テクテク歩いていくと住宅街の中にドーンとそびえ立っておりました。

ボランティアガイド「足立あけみ」さんに秋山兄弟生誕地をご案内いただきました。
秋山兄弟はここで生まれたのですがその当時の家は藁屋根で僅かな部屋しかないという
典型的な下級武士の家だったそうです。現在の生家は全国約1万人の有志の方からの募金で整備されたもの。
この復元にあたって子孫の方の記憶などを頼りに当時の状態と出来る限り近い形で再現出来たという
沢山の人の思いがたくさん詰まっている場所であると足立さんもおっしゃっていました。
やはりたくさんの人から慕われていた秋山兄弟だったんですね。

最後に44年間の陸軍人生に終止符をうった好古が
故郷の有力者たちの要請により校長に就任した北予中学校跡を訪れるYAJIKITA一行。

車で移動したのですが、何故だか私の実家方向に近づくではないか!その辺りは私が小さい頃から遊んでいるので
「庭」みたいなものなんだが…ハテ?そんな場所あったかいな???なんて思っているうちに着きました。松山北高等学校!!北予中学校というのは旧制の私立中学校で現在は松山北高等学校の事だったそうな!!!
確かに校門の横には「北予中学校跡」って書いてあるぞ!全然気づかなかった。。
全然気づかないのもどうかと思うが気づかなかった。。。

なぜ私がこんなに驚いているのか?

それはもちろん私の実家近くにこんな所があることも驚きだし、
何を隠そう私が受験してしかも失敗した高校だったからですっっっ!!うわ〜まぢですか!!

ええ…今ここには仕事で取材にきてますよ。しかぁぁしその頃のにが〜〜〜〜〜〜い思い出が私の脳裏をよぎるぅぅぅぅぅ。。
そんな悶絶している私を見てニンマリするYAJIKITA一行。。

その当時の事をクッキリ思い出し落胆するわたなべの旅は続くのであった。負けてなるものか!!!

HOME>愛媛1>愛媛2