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坊っちゃん・・・夏目漱石と松山

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旅の二日目は、松山文学の雄と言っても過言ではないと思われる、夏目漱石「坊ちゃん」を巡る旅。

この「坊ちゃん」、松山ではあまりにも馴染み深い作品で私も学校にいる時やら折りに触れ読んできた作品です。
あまりにも馴染み深い作品だからこそ客観的に触れられるか不安でしたが、
作品に登場してくる実際の場所を照らし合わせながら巡ると「3D小説」を読んでいる気分になれて
新たな「坊ちゃん」の楽しみ方を発見出来た気がします。

YAJIKITAスタッフとの待ち合わせ場所「道後温泉駅」に到着。
待ち合わせの時間までまだ少しあったので駅のすぐ前にある「道後放生園」に寄り道して、
スタッフが到着するまでの間「足湯」でリラックス♪
体がじんわりあったまってきた所にスタッフが到着。

アレレ?取材の準備をしている時に何故か時計の周りに観光客が集まってくるではありませんか!
実はここには毎日決められた時間に音楽とともにせりあがる「からくり時計」があり、
約三分間の間「坊っちゃん」の登場人物の坊っちゃんやマドンナ、温泉につかっている人々などの人形が次々と現れ、
最後にマドンナが道後の観光案内をしてくれます。

ここは記念撮影ポイントとしても有名で坊ちゃん&マドンナの格好をしたボランティアガイドさんと記念撮影も楽しめます。

この道後温泉は皆さんもご存知だと思いますが、いわゆる松山の観光名所の一つであり、
お願いすると観光案内をしてくださるボランティアガイドさんも多数いらっしゃいます。
今回私たちは“松山の事ならこの方におまかせ!”道後観光案内所 ボランティア 船橋実一さんにガイドを
お願いすることにしました。私の知らない松山を勉強させていただきました。

道後温泉駅から道後温泉本館へと続くL字型のアーケード商店街「道後商店街」をご案内いただきました。
アーケードの両脇には土産物店や飲食店などが軒を連ねているのですが、
この商店街の中にも主人公の「坊ちゃん」が温泉の帰りに食べた、
巷でうまいと評判の「二皿七銭」の団子屋さんなど小説に登場するお店が数々存在しています。
ちなみに今は「坊ちゃん団子」という名前でおなじみですが、もともとは「湯晒団子」という名称だったそうです。

道後商店街を歩いている途中、
船橋さんに「道後の温泉マークって普通のマークじゃないのは気づきましたか?」と聞かれました。
私は地元の出身なので道後の温泉マークは馴染みが深いのですが、
よくよく考えてみると普段よく見かける「湯気が三本立ち上っているような」マークではなく、
まるまると太った水滴のような形なのです。このマーク、「湯玉」をモチーフにしているそうな。ハテ?湯玉とは何かしら?
調べました。

湯が煮えたつときに表面に浮きあがる気泡または玉となって飛び散る熱湯のことらしい。
なかなか愛らしいシンボルマークですよ。

そうこう話しているうちに、「道後温泉本館」に到着。
3000年の歴史を誇る道後温泉。この建物は明治時代に作られたもの。
最近では「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったといわれていますね。
「坊ちゃん」の中での松山は全体的にいい印象では書かれていませんが、この温泉のことは褒めています。
ちなみに作品中は「住田温泉」となっています。
ここでも船橋さんから道後温泉の歴史などを熱血指導!!いただきました。

【わたなべが知らなかったこと】
・正面玄関は現在使われている場所ではなくて、昔は北側にあったらしい。
・建物のてっぺんにある振鷺閣と呼ばれる部分には太鼓が吊り下げられていて、
その太鼓の音が環境庁(当時)の残したい「日本の音風景100選」に選ばれた。
・なぜ道「後」という名前なのか?→大化改新で各国に国府が置かれ、この国府を中心として、
道前・道中・道後の名称が誕生。道中というのは国府のある地域のこと、京に向かって国府の前部にあたるところを道前、
後部にあたるところを道後と呼んだ。

勉強になりますっ!

道後温泉本館での取材を終え、道後温泉駅に戻り、いよいよ待望の「坊ちゃん列車」へ!
どうして待望なのかと言うと、恥ずかしながらわたなべ乗ったことがないのです。
「坊ちゃん」では主人公の坊ちゃんが東京から赴任してきたその日に乗り「マッチ箱のような汽車だ」と登場しています。
切符もレトロデザインでなかなか凝ってる作り、列車の中は冷房もなくアナウンスも肉声で行われており、
坊ちゃんが乗った当時の事を少しだけ感じられたような気がします。

列車はトコトコと松山の路面を走り、終点である「松山市駅」に到着。
この列車の見所の一つ「転回」が見られます。鉄道好きなアナタにはぜひ一度見てもらいたい。
自称「プティ鉄子」なわたなべ、機関車を一度客車から切り離し、人力で180度回転させる姿に大興奮。
あぁ…文章だけでは面白さがイマヒトツ伝わらない…

続いては夏目漱石自身が松山で過ごした場所を巡る事にしました。
まずは漱石が英語を教えた旧制松山中学校跡地へ。
旧制松山中学校とは現在の松山東高校。学校自体は大正時代に移転しました。
かつて松山中学校があった場所には現在NTTのビルが建っています。
この学校は正岡子規や秋山好古・真之兄弟の学び舎でもあります。

旧制松山中学校跡地から路面電車の線路に沿って大街道寄りに歩いていくと、
「坂の上の雲ミュージアム(後述)」に辿り着きます。しかしそこを通り過ぎ坂道を登っていくと、
そこには重厚なフランス風の建物がそびえ立ってます。大正11年旧松山藩主、
久松定謨の別邸として建てられた「萬翠荘」という建物。ライトアップされた姿も美しいですよ。

萬翠荘を通り過ぎ石の階段を上っていくと愚陀仏庵(戦災に遭いこの地に復元)に到着します。
二階は漱石、一階は正岡子規が借り(今からするとかなりゴージャスな取り合わせ)二人の下宿生活が スタートし
精力的な俳句活動が繰り広げられました。ちなみに「愚陀仏」というのは漱石の俳号。
そういえば私が小さい頃、桂三枝さんが松山を訪れ愚陀佛庵で撮影してたのをふと思い出しました。いらっしゃ〜い。

お昼ご飯タイムを経て、私たちは路面電車に乗り再び道後の地へ。
道後温泉駅から徒歩五分「子規記念博物館」にお邪魔しました。
実は私の実家から道後温泉までは車で五分ほどで着いてしまうほど近いのですが、
やはり地元に住んでいるからでしょうか?ほとんど道後温泉に来たことがなかったのです。
そんな調子なのでもちろん博物館に来るのも初めての経験。

この博物館はその名の通り正岡子規の生涯や作品が細かく展示されています。
やはり正岡子規と松山は切っても切れない間柄ということで正岡子規を中心とした松山の町歴史なども紹介されています。

で…この原稿を書いていて発見したことがあるんです。
資料を見ていて発見したのですが、子規記念博物館の館長さんが私の高校の時の古典の先生だったのです!
びっくり!ご挨拶すればよかった… うーむ。世間はやはり狭い。。

松山ではいろんな場所・物に「坊ちゃん」という文字が使われています。きっと松山にあなたが来られた時、
その数の多さに驚かれるかもしれません。
例えば「坊ちゃんスタジアム(野球場)」「坊ちゃん団子(お菓子)」「坊ちゃん(喫茶店等)」「坊ちゃん文学賞」などなど…
まさしく「坊ちゃんだらけの水泳大会」です。

そんな中、新たな「坊ちゃん」が出現したという情報を聞き早速訪れてみました。
松山市内から車で約30分東温市見奈良という場所にある、その名も「坊ちゃん劇場」!!
西日本初地域文化発信の常設劇場だそうな。いつでもミュージカルが見られる環境が登場しました。

私たちが取材でお邪魔した時にちょうど劇場ではミュージカル「我輩は狸である」が上演されていて
私たちも観劇させていただきました。ミュージカルを見ながら私はとても不思議な気分になったのです。
それはなぜかと言いますと…

私が松山に住んでいる頃はもちろんこういう施設もなければ、
どちらかというとこういった文化の発展がイマヒトツ伸び率が悪い街だったんです。
私自身もミュージカルを見たのは上京してからだったし、見ようとしても本州に渡らないと見る事が出来なかったのです。
それがいまやいつでも見られるいつでも刺激を受けることが出来る。
時代も変わったな…という驚きとこれで松山の街も段々と刺激的な街に変わってくるのかなetc.

こんな事をしみじみ思いながら見させていただきました。
ミュージカルも終わりロビーに移動すると、そこではお客さんと出演者の皆さんのコミュニケーションが行われていました。
うんうん!このあったかい感じがいいんだよね!
この劇場、年間パスポートもあるそうなのですが、お客さんの中には毎日来る常連さんもいらっしゃるそうです。
地域に根付いた文化振興、どんどん輪が広がっていくとイイナ。

取材は「坊ちゃん」の世界へ戻ります。

小説の中で「あの松を見給へ…夕一ナー(画家)の画にありそうだ」というくだりからターナー島と名付けられたこの島、
本来の名前は四十島と言います。小説にも書かれているようにこの人も住むことが出来ないくらい小さな島には
松の木が存在しているのですが、実はこの松の木、松くい虫の被害などで一度は全滅したらしいのですが、
地元の学校の教師の方などが働きかけて再生したそうです。

時間はちょうど夕暮れで茜色の夕陽が水面に映ってキラキラと輝き、瀬戸内海の優しい風にも吹かれながら
「あぁ…漱石さんはこの風景を見ながらどんな事を思っていたのだろう…」
なんてノスタルジックな思いに耽ったわたなべなのでありました。

今回の旅でふと思ったことがあります。

自分が生まれ育った場所なのに…いえ生まれ育った場所だからこそあまりにも身近にありすぎて
見逃してしまっているモノやコトってこんなにも沢山あるのですね。

「旅」と言うと「どこか自分が行ったことのない街で非日常的な時間を過ごしたい」と思いがちで、
自分の住んでいる街を改めて巡ったとしても別に楽しくもないよ。。なんて思うかもしれません。
私も松山に住んでいた頃、「自分が住んでいるところを改めて巡る」なんて発想もしませんでした。

しかし今回自分の生まれ育った街を「観光客」気分で眺めた時、
今まで何気なく見ていた風景も見る角度を変えるとまた新しい刺激になるんだなと思うと同時に
改めて自分のルーツとなる場所、この場所から生まれた自分という存在を改めて知る事が出来たのです。

この文章を読んでくださっているあなたにも、その不思議体験をぜひ味わってみてもらいたいなと思います。
素敵な「自分旅」を楽しんでみてくださいね!

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