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旅人 : フリーアナウンサー 佐藤暁子

酒井家が描いた庄内・鶴岡編

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「YAJIKITA」初登場ださげ、へば、つらだしさせでもらうのぉ!
わだしは今回の旅人どごさせでもらった鶴岡生まれの佐藤暁子でがんす。よろしぐのー!
≪(訳)「YAJIKITA」初登場なので、それじゃ、ご挨拶からさせていただきます。
  私は今回の旅人をさせていただきました鶴岡生まれの佐藤暁子です。宜しくね!≫

…と、地元の旅なので旅日記は全編「庄内弁」で書こうかと気合い充分で望んだものの、
いざ書き始めたら面倒なのでやっぱり止めます。(笑)

さてさて秋も深まりつつある東北は山形県庄内地方・鶴岡市を旅して参りました。日本海に面して三方を山に囲まれた庄内。
出羽三山の麓に広がる庄内平野は実りの秋を迎えていました。今を遡る事380年以上も前、
この庄内には徳川四天王の一人、酒井忠次の孫、忠勝が入国し庄内藩を興しました。人々にとても愛された酒井家の藩主達。ちなみに、どのくらい愛されていたかと言うと…。
1840年(天保11年)に藩主・忠器に越後の長岡に国替が命ぜられました。
しかし、領民は、

「えー!やだやだ!僕達、酒井家のお殿様じゃなきゃやだ!
こーなったら江戸に出向いて直訴しちゃうもんね!」

と命がけでお上に直訴に行きました。領民の熱意に絆されたのでしょう。江戸幕府は命令を出してから半年後、

「仕方ないなぁ。じゃ、そんなに言うならやめよっか」

ということになりその後も庄内は酒井藩が治めることになったのでした。
平成の現在でも市民は歴代当主を「酒井の殿はん」と呼んでいます。

この酒井藩は藩主三代、約50年もの歳月を費やして鶴岡城周辺を整備していきます。
それがどうも「江戸」の町のつくりに似ている!通りの名前や川の位置が!



鶴岡の銀座通り。東京の銀座通りよりはこじんまり…、っていうか、一方通行じゃん!! 
1ブロック東には、これまた東京と同じ様に昭和通りも走っています

「もしかしてまねっこしたの?(笑)」

と、佐藤は恐れ多くも藩主子孫の酒井忠久さん(18代当主)に聞いてみることに。

ところで酒井さん、30分も遅刻して申し訳ありませんでしたぁ!!!(汗)
時代が違えば危うく打ち首になるところだったYAJIKITAスタッフ達。

笑顔でお迎えいただきホントありがとうございます。m(_ _)m

致道博物館は鶴岡にあった古きよき建物が集められ、その中で酒井藩ゆかりの品などが展示されています


鶴ヶ城は天守閣があるような普通のお城とは違ったようです。(致道博物館内の模型より)

庄内藩の政策で面白いのは「釣り」を奨励していたこと。武士達は暇があれば「庄内竿」を片手に釣りに出掛けておったそうな。こらこら、そこのアナタ!「ずいぶんのんびりしてるなー」なんて思っちゃだめですよぉ(笑)。
これは立派な武芸のひとつなのです! まず、釣りに行くには海までの長い道のりを歩いて行くわけですから足を鍛えますね。始める時には「勝負!」と言って釣果を競う。夜釣りも多かったらしく、これは暗闇で剣を交えるときの為に夜目を養う訳です。
酒井さんが館長を務める「致道博物館」では酒井藩ゆかりの品や「庄内竿」、
そして「日本最古の魚拓」(すっごーい!)が展示されております。



庄内竿。ムチャクチャ長い!!
当時の魚拓

ちなみにミーハーなわたくしは映画「蝉しぐれ」のワンシーンが撮影された日本庭園を望む雰囲気ある茶室へ…。
窓の外を眺めながら「牧文四郎」(市川染五郎)&「おふく様」(木村佳乃)の様に黄昏てみるのであった(笑)。
≪(注)ちなみに、致道博物館内にあるこの茶室は、一般公開はされていません。
収録の為、特別に入らせて頂きましたのでご了承下さい。≫



茶室で酒井忠久館長と一緒に!

酒井藩が創設した「藩校致道館」は徂徠学を教えた昔の学校です。
「どーも!『大袈裟』の袈裟男です!」と案内してくださった笠井袈裟雄さん。
袈裟雄さん、きっと鶴岡の事が大好きなんでしょうね! んもー、すごく楽しそうに貴重なお話を沢山してくださいました。
徂徠学は生徒の自主性を尊重し、長所を伸ばすことを大切にした学問。これって、今の教育にも通じることですよね。



藩校致道館
藩校で学んだ学生達の修学書(教科書)や、修学書などを刷った版木


藩校致道館の笠井袈裟雄さんと一緒に!


藩校致道館に展示されている江戸時代の世界地図



致道博物館でちょっぴり学生気分…。

そんな庄内に豊かな恵みをもたらしてきた出羽三山。(月山・湯殿山・羽黒山)
古くから「西の熊野、東の羽黒」として山岳信仰の山として知られています。

磐梯朝日国立公園内にある「休暇村・羽黒」では美味しい山形の秋の味覚を堪能させていただきました!

ん〜、山形牛!ジューシー!
ん〜、秋はやっぱり山形名物・芋煮を食べねば!
ん〜、お漬物バイキング面白い。これだけでもお腹いっぱーい!

…え? 「ごっつぉ」(ご馳走)食べすぎ?

お漬物のバイキングや山形牛などなど… お腹いっぱいにご馳走になりました!

いいのいいの。翌日は早朝からさわやかに「石段ウォーキング」するから。

ということで「休暇村・羽黒」の村上さんと共にやって参りました!



石段ウォーキングの出発地点「随神門」

入り口の「随神門」に立ったその時、きっとスタッフの誰かの日頃の行いが悪いせいですね。土砂降りの雨に…。
≪スタッフ談:あれっ!? どんな雨でもロケの時間だけは雨がやむ最強晴れコンビのスタッフなのに…。
これは佐藤さんの行いが悪いからだと思ってました…。いひひっ!≫

まあ、禊(みそぎ)だと思えば何ともないですよ。ね?

そして私達の目の前には羽黒山頂まで続く石段が! そ、その数、2446段!!!

恐るべし、羽黒山(笑)。

修験者が身を清める禊をした「祓川」(はらいがわ)に架かる赤い神橋を通り、
杉木立の中にひっそりと建つ「国宝・五重塔」を過ぎ、難所は三箇所。「一の坂」「二の坂」「三の坂」です。



国宝五重塔の前で「休暇村・羽黒」の村上さんと一緒に!

実はわたくし、今年9月に出羽三山神社が行う女性の為の山伏修行「神子修行」に参加しております。
4日間この山に篭ってきましたので途中、祀られている神様達に参拝しながらとても清々しく神聖な気持ちで
登ることが出来ました。半分くらいまで石段を上がってふと後ろを振り返ってみると…、

息も絶え絶えな番組プロデューサー・K氏が遥か後方に(笑)

だーいじょぶですかーーーー?!(汗)

K氏曰く、「今までのYAJIKITAで二番目にツライ」そうで!≪スタッフ談:一番つらかったロケってなんだぁぁぁぁ!?≫
頑張って登りましたからきっとご利益あると思いますよ!

途中にあるお茶屋さんで頂く熱いお茶と力餅(電気が通っていないので毎朝お餅を搗くそうです)と山形名物の
「玉こんにゃく」をご馳走になります。眼下には酒井家が築いてきた鶴岡の城下町と庄内平野。
お殿様や昔の人もこの景色を見てたんだね。
晴れの日には日本海が望めますよ。
この頃には雨もあがりまして残り半分の石段を気持ちよく進みます。



あいにくの雨ですが「二の坂茶屋」の眺めは、こんな感じ。


まだまだ続くよ、石段がぁぁぁ!


とうとうゴール! 赤い鳥居が見えてきた!

そして辿り着いた山頂には月山・湯殿山の神様も祀った「三神合祭殿」。
何故、一緒に祀られているかというとそこはやはり雪国ならでは。
標高1984メートルにある月山神社は冬は雪に閉ざされて参拝不可能だからです。
荘厳な社殿は厚さ2,1メートルもの茅葺きの屋根、総漆塗りの内部も圧巻。
ここもまた古より庄内人が大切にして崇められてきた場所なんだなぁ。

三神合祭殿。境内には三つの神社の名前が!


この「石段制覇認定証」は、「二の坂茶屋」で作って貰えますよ。

ここが今回の旅の終点地。

鶴岡の人間の気質を表す言葉に「沈潜の風」(ちんせんのふう)と言うのがあります。普段は表立って派手な行動には出ず、
力を養い、いざと言う時に力を発揮するという意味なのですが。今回の旅を通してこの言葉も然り、
食や様々な文化もまた庄内人が大切に思い今に生かし、後世に残して行こうとしていることを感じました。

正直、出身地とは言え「まだまだ知らないことがいっぱいあるんだな」と思いましたね。

鶴岡をご存知の方には鶴岡の魅力を再発見してもっと好きになっていただけたら、
そしてご存じない方には「行ってみたいなぁ」と感じていただけたら嬉しいです。

それでは最後のご挨拶くらい庄内弁で(笑)

「んめよ〜!」(さようなら)

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