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旅人 : 井門宗之

YAJIKITA旅日記 節分〜そして近郊へ〜

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どうもねずみ年はいけない。猫好きだからだろうか。
「干支に猫が入らなかったのはネズミに騙されたから」と言う昔話を聞いた時に、
子供心に「なんて卑怯な!」と思ったものだ。大学時代貧乏アパートに暮らしていた時は、ネズミの実害にも悩まされた。
十二支の中で巳と同じ位、神様から遠い様な気もする。
とボヤく井門は巳年生まれで、顔はネズミ寄りだと言われます。チュウ。

2008年も明けて久々のYAJIKITAレポートは、三十路の階段昇る井門宗之です。
お酒を飲みながら朝青龍問題とか語っちゃうあたり、もうアレですね。
初めてラジオで喋らせてもらったのが25歳とかですから。涙が出ちゃいます。

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也・・・。
月日は永遠に旅を続ける旅人ですけど、YAJIKITAも永遠に旅を続ける旅番組!
さて、今回のYAJIKITAはネズミ年も朝青龍問題も当然関係無く・・・。
日本人の心の行事TOP5に入るであろう、このイベントを取り上げます!!



節分!!


節分と言えば「豆撒き」「鬼」、年の数だけ豆をいただく。
「鬼は外〜」「福は内〜」なのです。
しかし、日本全国津々浦々(YAJIKITAのナレーションでも言ってますね)色んな節分が
あるんです。それぞれの心の節分!!だってひょっとして今「鬼は外〜」の文字を見ただけで、
「オイオイ、 うちの地域は違うぜよ!」(ぜよ?)と思った方もいるでしょう?

と言うわけで今回のテーマを無事に発表!!



【鬼伝説!節分と鬼との関係、徹底解明!】



って大見え切って言っちゃったけどさ、果たしてそんな事が出来るんだろうか。
だって歴史を紐解いてみても、節分自体が物凄く歴史ある行事。
謎は時代を経る毎に複雑に、そして答えは時間というヴェールを薄く薄くまとい、
21世紀の現代ではマリアナ海溝の底にある小石を拾うが如しではなかろうか。
むむぅ・・・。
しかしながら!しかしながら!我々YAJIKITAはチャレンジしていくんですな。
と言うわけで、晴れ渡る空の下、ある日の東京都内。


相も変わらず男性ばかりが4人のチーム・ヤジキタ



ここに「栄光」は無い・・・



久し振りのレポーター井門に、カメラマンのK吾が何かしたそうな気配。
ディレクターのH氏もそわそわしている。
なんせこのチーム編成は『佐渡島・たらい船の奇跡』で伝説を作ったチームである。
また『田貫湖に、怪人・窓べり坊主現る!』で井門を恐怖のドン底に陥れたチームでもある。
「YAJIKITAって相変わらず悪戯っ子の集まりね♪」と心で笑っていると、期待とは裏腹に特にいぢられる事もなく・・・。くっ・・・。取材、スタートです。

キラキラ光る太陽を背に、我々一行が立っていたのは東京・亀戸(かめいど)。
四方を川に囲まれたこの土地、昔は「亀島」と呼ばれた時代もあったそうな。
その名の通り亀の形の島だったからと言うのだが、それが時代を経る中で変化し亀戸となった。
ここは墨田区錦糸町に接しており、錦糸町と共に東京都から【亀戸・錦糸町副都心】として副都心指定を受ける
大繁華街なのだ。錦糸町の名前なら、皆さんも何となく聞いた事があるかも・・・ですね。「こち亀」を読んでいると、
ちょいちょい東京東部の地名が出てくるので、熱心な「こち亀」ファンなら亀戸もご存知かも(って、何故に
「こち亀」フィーチャー?)。

さぁ、節分がテーマのYAJIKITAで、何故にこの東京東部を代表する繁華街に来たのか?
久し振りのYAJIKITA、いきなり飲みに入るのか!?
下町のナポレオンを堪能する気なのか〜っ!?


【酒と女と歌を愛さない者は、一生を愚か者として過ごす】
                           Byマルティン・ルター


われわれの場合は「酒を愛し過ぎて、飲み過ぎて、常にまる○ん・るたー・・・」

あっ、もう!ちょっと、ちょっと、ウィンドウ閉じないで!!
むしろ「お気に入り」に追加して!!ここから下はやめますから!!

実はこの亀戸には東の太宰府天満宮、東宰府天満宮こと亀戸天神様があるんです!
春には藤棚で有名なこの神社は、鳥居をくぐると大きな池に迎えられる。
その池を美しい橋が本殿まで導いてくれ、300年以上の歴史を湛える立派な拝殿が放つ
神々しさは素晴らしい。地元の方のみならず沢山の観光客も訪れるこの場所は、
非常に由緒正しき神社なのだ。「まる○ん」とか言っている場合ぢゃないのだ。

そしてこの亀戸天神、趣向を凝らした「節分追儺祭」が行われる事でも有名なんです!

節分追儺祭のその日、日没に勇壮な太鼓が打ち響く中。
邪気を象徴する赤鬼・青鬼がやって来て人間世界の福を奪おうとする。
それを止める為、神官と問答。
「人間界の福は異形の者であるお前達にやるわけにはイカン!
そもそも、ここはお前達の来る所ではないのである!!」
打ち負かされた鬼達は豆をもらって無事退散していく・・・。

「魔を滅する」為にお祓いを済ませた大豆を投げるのだが、
この亀戸天神の節分会、出てくる鬼の形相がちょっと凄い。
人間界と明確に差別化する為なのだろう、目が4つの恐ろしい容貌で現れる。
しかしこの鬼達も、平安時代の昔は人間側の存在だったのだそうだ。

この世を騒がす疫病や災い、それら目に見えないものを全て具現化する為に大昔の人々は
「邪鬼」という存在を作り上げた。その「邪鬼」を追い払う人間は威嚇の意味も込め、
追儺の行事で「角の生えた面」を着け、「邪鬼」を払ったのだそうだ。
そう、今の鬼の原型は「邪鬼」を祓う為の人間側の象徴だったのだ。
それが長い時間を経る中で変化・変容を遂げ、いつの間にか祓われる存在に・・・。
しかし、全く真逆の存在になってしまうってのも、何だか強引な話だと思いません?

今回は鬼のスペシャリスト「日本の鬼の交流博物館・館長:村上政市さん」にも電話で
お話を伺ったのだが、村上さん曰く「鬼は人間を映す鏡」なんだそうだ。

それは何故か?

大昔の人々にとって「鬼」は「目に見えない事象(特に禍)の象徴」である。
簡単に言えば「人の心が作り上げた」もの。
いまの人間が避けたいものを形として現した存在、それこそが「鬼」なのである。
だから日本各地に残る鬼の面は、そのどれもが一つ一つ表情が違い、そこも面白いと。

伝わる鬼が違えば、節分のやり方もそれぞれ変わる。
撒く豆の種類だって、井門の地元北海道では大豆ではなくて落花生だし。
ちなみにこれは青森など、北国でもそうなんですってね?あと落花生の生産地も。
落花生は殻ごと撒くので、きれいに食べられるでしょ?それに雪の中に撒いても大きいからすぐ分かる。
一石二鳥たぁ、この事です。

「邪気」を祓う行事:節分。そのルーツは平安時代。旧暦の正月、今で言う2月に行われ、
以来21世紀の現代までその形を少しづつ変えながら続いてきた。
「節を分ける」。
人間社会を映し出す鏡でもある「鬼」を、新たな年を新たな気持ちで迎える為に祓う。
さまざまな文化・伝統が、悲しいかな廃れていく中で、
では何故この「節分」は残っているのだろうか?
ある意味「鬼信仰」は残っているのだろうか?
村上館長は「それだけ、鬼が日本人の心に根付いているからでは?」と仰っていた。

「鬼」が付く言葉、どれだけ身近にあるだろうか?



【心を鬼にする。】



【鬼の形相】



【鬼ヤバ!鬼安!鬼レア!】



この鬼の使い方は間違ってますね。
「鬼」が最上級表現の接頭語を成しているって、日本語は乱れるなぁ・・・。

とにかく、言葉としても身近な事は確かです。
そしてきっと皆さんの心の中に、それぞれが思い描く鬼もいるでしょう。
「鬼」とはそういう存在で良いんだと思います。
そして、その考え方こそ遥か平安の昔から続く「鬼」の考え方なんです。


節分で追い出された「鬼」を受け入れる、という変わった節分があるのも、
「鬼」がそもそも「自由な存在」だからでしょう。
その一風変わった節分というのが、群馬県藤岡市鬼石地区で行われる、



『鬼恋節分祭』



実行委員副委員長の松浦俊雄さんに電話でお話を伺ったが、
今年で16回を迎えるこの節分祭。
鬼石の人々の鬼に対するイメージも随分と変わっていったそうだ。
そう、時を経る毎にイメージは変化していく。
まさにこれも「鬼」が「自由な存在」である事を象徴しているかのようだ。
*ちなみに鬼恋節分祭のHPは http://www.onishoko.or.jp/event.html

1年に1度の節分、今まであまり気にもとめなかったかも知れない。
そう思った方はちょっと地元の節分に目を向けて下さい!
由来、鬼、歴史。これほど、同じ行事が違う形で伝わる事も珍しいのではないだろうか?


「鬼」のイメージは自由。
必需品:豆(地元で使用のもの)、大きな掛け声、新たな年への祈り

「伝統的行事」の中の「自由な発想」。
日本の歴史にも柔軟な部分はあるのだ。

さぁ、今年は大声で言おう!!

「鬼は外!福は内!」「福は内!鬼も内!」

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