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旅人 内田正洋  撮影/中村隆之

カナダ ブリティッシュ・コロンビア州の旅

『マザーシップカヤッキング&
            スピリットベアを探せ!』C
    
 〜氷河期を忘れぬ為に生まれた聖なるスピリットベア!〜

 
4回シリーズでお送りする、雑誌「Tarzan」との海外共同企画!

カナダ ブリティッシュ・コロンビア州
『マザーシップカヤッキング&スピリットベアを探せ!!』の旅

カナダ北西沿岸。氷河の後退によって作られた「フィヨルド」の海、そして
およそ1万年前…太古の昔から茂る、現在は地上にわずか0.2%しか
残っていない「温帯雨林」の森に守られた「フィヨルドランド州立保護区」。

この保護区を全長約20mの帆船で北上、その入り組んだフィヨルド地形に
守られた野生動物、クジラ、シャチ、ラッコ、アザラシ、クマ、シカ、鳥類…、
そして、不思議な事にこの地域だけに生息するという
“伝説の白いブラックベア”「スピリットベア」を探す、海洋探険ツアーも
いよいよクライマックス!

今回は先住民シムシャン族の案内で、スピリットベアが生息する島に上陸。
遡上するサケを食べに現れるクマを、川岸で待つこと数時間・・・・。


グリズリーベアを探しに、カヤックで川を探検!
写真で見るより流れが速く、取材班のカヤックは苦戦。


アイランドローマー号には生物学者のロビンが乗っている。
彼女の案内で森を歩く。


グリズリーが生息する温帯雨林に上陸。


クマの吐しゃ物を発見!
吐いたばかりで、まだその辺にいる気配がする
食べていたのは、クラブアップル(=ヒメリンゴ)


クマが掘り起こした跡が。
木の根っこを食べているらしい。


手に持っているのはクマの大好物の
ライスルーツ(クロユリ)。
米粒のようなものがいっぱいついている根っこ。
あたりにはこれを掘り返した跡がたくさんあった。


副船長のゼンダーが、
川岸でクマが食べ残したサケを発見。
クマはサケの頭部や腹部など
栄養豊富な内蔵だけを食べて、
いわゆる「身」の部分は食べ残すことが多い。
冬眠に備えて贅沢な食べ方をしている。


クマが食べ残したサケの栄養分で、サケが上がってくる
川沿いの木は、普通の森の木より
3倍ぐらい成長が早くて、太くなる


シトカスプルース=唐檜(内田さんが使ってるパドルの木)
枝にぶら下がっているのは、地面に生えるのではなく、
木の枝の上に生えるシダ。
風邪をひいてのどが痛いときにこの根っこがよく効く。
先住民の話では「唐檜に生えるシダより、樫の木に生えるシダの方がよく効く」のだそう。


レインフォレストと呼ばれる、温帯雨林の森。
この温帯雨林…今の地上にわずか0.2%しか残っていない。日本沿岸から流れてくる「黒潮」により、冬には暖かさを、
夏には涼しさを運び、さらには海から吹いてくる風が、年中湿り気をもたらす。この霧吹きのような雨が
BC州の森をジャングルにしている。


レインフォレスト(温帯雨林)と呼ばれる
インサイドパッセージの森。

帰る途中、川岸でサーモンを探しているグリズリーベアを発見。4歳ぐらいのグリズリー


グリズリーはヒグマの仲間
特徴は、横に広い顔の輪郭の割には耳が小さく、鼻筋が窪み、肩には筋肉の塊であるコブがある。




ヨットで行ける立ち寄り湯(しかも無料)。
桟橋には先客が2艇停泊中。



プリンセスロイヤル島の周りには3つの温泉が。
その中の「ビショップ ベイ ホットスプリングス」で
久しぶりの入浴〜!


桟橋にアイランドローマー号をつけ、
ボードウォークを歩くこと1分


温度はややぬるめ。本を読んだりしながら、
一日中入ってられる。


この吊るされている手すりはどう使うの??
壁にはここへ来た証、いろんな人の名前が! 「内田参上!」はじめての日本語だなあ!


「緑の森に白いアイランドローマー号の船体が映えて
綺麗だな〜」なんて思いつつも、
「早く船に帰って冷たいビールを飲もう〜」と思っている
(に違いない)内田さんの後ろ姿。


温泉のすぐ横には大きなスプルースが生えていたので、
内田さんは「杉の湯」と命名。
森林浴とタラソテラピーと湯治がいっぺんに体験出来る、
とても気分が良い場所でした。

なんで温泉に入る時は
「あ〜〜」とか「う〜〜」とか声が出てしまうのだろうか?
などと考えつつ、すっかりほげ〜っとしちゃっている
内田さん。




内田さんの入浴シーンはこちら(音声)↑


スピリットベアに会うため、シムシャン族の案内で
プリンセスロイヤル島の北にある、
彼らのエリア グリベル島に上陸。


上陸して15分ほど、スピリットベアが
サケを食べにくるといわれるポイントへと歩く道中には、
クマの縄張りを表す爪跡や木に
毛をこすり付けた跡がある


朝9時半、川岸に作られたクマ見台に到着。
今日1日、ここでスピリットベアを待つ。


この物見台を作った、シムシャン族のマービン・ロビンソン
物見台を作るには「聖なるクマを見世物にするつもりか!」等先住民の中でも反対があったそうだが、
自然を大切にする意識が高い今“聖なる白い黒熊”が
存在する意味を理解する人々に見せるべきだ、
と言うマービンの意見が通った。


サケが遡上する川。川にまたがる倒木。
原始の森、温帯雨林。
クマの聖域に、
人間がお邪魔させてもらっていることを感じる。


ここでは7〜8頭のブラックベアと、3頭のスピリットベアが
生息しいているらしい。


双眼鏡で観察中の内田さん。
ガサガサとクマ見台のすぐ横を大きなクロクマが
通って行き、川岸に顔を出しました。


冬眠を前に、コロコロと太っているブラックベア


バシャーンと水に飛び込んでサケを捕まえたクロクマ。
サケを何匹も食べる


この時点でブラックベア2頭現れる。しかし、白い黒熊はまだ現れない・・・


待つこと数時間。それは突然、精霊のように現れた。
幻の白いブラックベア・・・スピリットベアが目の前に!!


真剣にサケを探している
この後川に飛び込み、サケを捕まえた

15歳オスのスピリットベア


クマの寿命は20歳ぐらいまで。
このスピリットベアはだいぶ歳がいっている。
その証拠に毛も真っ白よりは少しオレンジがかり、
傷もいくつかある。動作も他のクマより遅い



目の前の中洲でサケを食べまくるスピリットベア。その距離、10mもない


下流から2頭の子熊を連れた母熊が現れた。


子熊はかわいい! 好奇心旺盛


「おかあさん、待って〜」なんて声が聞こえそうな光景。


そこに、また別のブラックベアが現れた こいつはデカイ!
しかしこの場所はスゴイ、、クマにとって当たり前の世界が目の前で展開されている。
人間のことなんて、まるで気にしていないようだ。


何故この白い黒クマが産まれてくるのか、まだ科学的にはわかっていない。しかしマービンは言う。
「『シムシャン族の創造主 ワタリガラスが、氷と雪に閉ざされた氷河期を忘れないために、
10頭のうち1頭の黒クマを、白いクマに変え、永遠に平和に暮らすように命令した…』という伝説がある」と。


グリベル島の川沿いに作られた熊見台に陣取る事6時間。
目の前に現れた熊の数は、ブラックベア7頭、待望のスピリットベア…1頭 でした。


海外ではその包丁さばきの鮮やかさから「サシミロボット」というニックネームで呼ばれる内田さん。
今回の旅でも釣り上げた魚を手早くお刺身にしてくれ、
内田さん持参の熊本薄しょう油と柚子胡椒で美味しく頂きました!


アイナメを釣った この旅のコーディネータ
「カナダ・ツアーシステム」の田子祐二さん。



田子さんからのメッセージはこちら(音声)↑



アイランドローマー号のもうひとつの楽しみが「カニカゴ」。
エサのチキンを入れたカゴを夕方沈めて、
翌朝引き上げます。
カニカゴの中には本場のダンジネスクラブがたくさん。
もちろんケイトに茹でて貰ってランチに食べました。
激ウマです。
 
聖なる熊を探し求めた旅記 『カナダ沿岸水路を、冒険し探検す』 by 内田正洋
まだまだ地球上には、面白い世界が残っている。

今回の旅は、カナダの西海岸に拡がるインサイドパッセージと呼ばれる海域である。

日本語では沿岸水路と呼ばれ、地上に残る温帯雨林の
25パーセントがこの海域を囲む島々や大陸側に
残っている。
熱帯雨林ではなく温帯雨林とはあまり聞き慣れない言葉だろうが、それは温帯雨林が今や非常に少なくなっているせいだ。温帯雨林の面積は、陸上のわずか0.2パーセントでしかない。

沿岸水路のこの森林地帯は、グレートベア・レインフォレストと呼ばれる。偉大なる熊の雨林である。その広さは480万ヘクタールで、僕が生まれた九州島が370万ヘクタールといわれるから、その大きさが想像できるはず。

緯度的にはサハリンやカムチャツカ半島と同じぐらいの高緯度にあるのだけれど、寒帯域ではなく温帯だというところも不思議だ。それは何より日本から流れてくる巨大な海流、黒潮(日本海流)の影響によるものだ。

この暖かい海流によって、高緯度にあるこの温帯雨林が維持され続けている。年間の平均降水量は2800ミリもあり、日本が1800ミリだから、いかに雨が多いかが分かる。
さらにこの沿岸水路を特徴付けるものが、フィヨルドという地形。2000メートルもの厚さがあったといわれる氷河時代の氷河が溶け、大地を削りながら海へと流れ落ち、特異な地形を造り出した。

フィヨルドとはノルウェー語で、陸地に深く入り込んだ狭い湾という長たらしい意味があり、日本語では峡湾、峡江といった言葉になる。

沿岸水路は、フィヨルドの海だが、峡湾ばかりじゃなく島も数え切れないほどある。入り組みすぎて、どこが島でどこが大陸なのかも分からないほど。入り組む海岸線の多島海、それが沿岸水路。
沿岸水路の、とある島には不思議な熊が今も生息している。彼らは聖なる熊、スピリットベアと呼ばれる。白い熊なのだが、様態はクロクマ。北極圏に住むシロクマ(ポーラーベア)とはまた違う白い熊。クロクマなのに白い姿を持つ。氷河期の終わりと共に、その白いクロクマは生まれた。
氷と雪に閉ざされた白い世界から、緑の大地を作った創世主ワタリガラスによって白いクロクマは生まれた。

あの厳しかった白い世界を忘れてはいけない。そうワタリガラスは思い、クロクマたちに白いクロクマを授けた。

そして10頭に1頭の割合で、クロクマの親から、白いクロクマの子供を授けることにした。白いクロクマ、スピリットベアは、そうして今も辛く苦しい氷の世界を思い起こさせるため、ひっそりと沿岸水路の島で生まれ続けている。
これは、沿岸水路の中ほどに暮らす先住民、シムシャン族の伝説である。沿岸水路には、太古から人々が住んでいた。
彼らがこの地にやって来た時、氷河期はまだ完全に終わっていなかった。氷河で埋め尽くされた大陸側からではなく、彼らは海からカヌーに乗ってこの多島海にやって来た。彼らは島々を伝い、太平洋の彼方からやって来たという。そして様々な部族に分かれていった。

シムシャン族の北にはトリンギット族、その西にはハイダ族、南にはニシュガ、ギトクサン、ハイスラ、ハイハイス、ベラベラ、ベラクーラ、オウェケーノ、クワキュートル、サリッシュ、ヌートカといった人々がいる。彼らは一様に木の文化を持ち、カヌーを巧みに操っていた海洋民族だった。
今回の旅は、60フィートのケッチ型と呼ばれる帆船「アイランドローマー号」(島のさすらい人号)を母船に、カヤックを積み込んでの旅だった。穏やかな入江に母船を停め、カヤックを降ろしては上陸して無人の森を散策していく。そんな形態。

母船には快適な部屋とシャワー、そして満足できる食事が用意され、目前の自然とのギャップがまた嬉しい。

西洋型帆船とカヤックという組み合わせに、僕は16世紀の大航海 時代気分を味わっていた。船長のランディは、キャプテン・バンクーバー。僕はアラスカから沿岸水路に南下してきたアリュートハンターだった。拾われた僕は、キャプテンに沿岸水路を案内していた。なんちゃって。
確かに、僕はコロンブスに始まり、バスコ・ダ・ガマ、アメリゴ・ベスプッチ、マゼランといった大航海時代の探検航海に憧れる少年だった。そしてその究極が、18世紀に太平洋をくまなく探検し、ハワイで不慮の死を遂げたキャプテン・クックだった。

クック船長は第3次航海で「レゾルーション号」を指揮し、西洋人として初めてハワイに到達。その後沿岸水路を経てアリューシャン列島へ向かった。そして、再びハワイを訪れた際にクックはハワイ族の人たちに誤解され、殺害された。その後、太平洋が西洋化していくことになったが、彼が残した膨大な資料は、当時の太平洋民族の様子を今に伝えてくれる。

今回の旅は、僕にとっては探検の旅だった。「探検とは知的情熱の肉体的表現である」という言葉がある。南極探検の悲劇、スコット隊に所属していたチェリー・ガラードが残した言葉だ。今回、肉体的表現はあまりできなかったが、知的情熱を大いに刺激してくれた旅だった。探検の序章が、この旅にあった。

ちなみに、探検とよく混同される冒険という言葉はどういう意味か知っているだろうか。サハラをラクダで単独完全横断しようとし、その途上で亡くなった上温湯隆は、こう書き残した。「冒険とは可能性への信仰である」と。

上温湯隆は1975年5月、22歳でサハラに散った。52年11月生まれだから僕より3歳ちょっと年上だった。僕が大学2年生になった時、彼はサハラで渇死した。それから7年後、僕はサハラを縦断していた。上温湯の死の翌年、彼の足跡と日記を元に「サハラに死す」という本が出た。そこに、冒険とは可能性への信仰であると書かれてあった。それを僕は読み、冒険をそう理解し、そして生きてきた。サハラに向かったのも、上温湯の影響がなかったとは言えない。パリ・ダカールという自動車競技を利用し、僕は8回ほどサハラの奥地へと通った。25歳から35歳までの10年間、僕はパリ・ダカールに通った。僕の青春は、まさにサハラにあった。
砂漠の競技は、その後メキシコのバハ・カリフォルニア(カリフォルニア半島)でさらに本質へ近づいた。究極のデザートレースと呼ばれるバハ1000への挑戦だった。可能性への信仰は、サハラからバハの砂漠へ移り、そして転機が来た。半島の回りは海だった。僕の中の可能性への信仰は、海へと向いた。シーカヤックに出会った。それからは海における自分の可能性を探求してきた。

今年1月、僕は半世紀を生きている事実におののいた。こんなに長く生きれるなんて思っていなかった。常に覚悟だけはしていた。しかし、娘が生まれ、それが二人になり、無茶ができなくなっていった。冒険は、ある意味無謀である。人から見たらそうなのだ。でも僕は、可能性への信仰が、知的情熱へと変化していることに気付いた。知的情熱を肉体で表現する。それが長生きできた理由だったのかもしれない。
といっても、今の社会、50歳はまだ若い。
今回の沿岸水路の旅を通して、僕は冒険と探検の、本質的な意味が理解できる機会を得た。この旅が教えてくれたこと、それは、まだまだ地球には冒険のフィールドが残っているし、探検のフィールドも残っているということ。やはり、生きているって素晴らしいってことだった。
内田正洋
 
日本のシーカヤック界第一人者であり、海洋ジャーナリスト。
これまでに台湾〜九州、さらに西表島〜東京湾をシーカヤックで遠征。
シーカヤックだけでなく、82年から10年に渡りパリ・ダカールラリーに
出場。
また、世界四大陸をクルマ、オートバイで横断経験も。

主な著書
「シーカヤッカーズ・ハンドブック 北西太平洋版―海を歩くための
マニュアル」
「シー・カヤッキング・イン・ジャパン」
「BAJA 1000 FOR JAPANESE DESERT RIDER」
「風を超えて―DESERT RIDE」
「実用バイクツーリング専科―すぐ役立つバイク旅行トラの巻」
「Tarzan特別編集 ホクレア号について語ろう」

   週末は「YAJIKITA on the road」!放送日時はコチラから


 動画はコチラから

  尚、この横断隊の模様は2006年4月12日発売 
  雑誌「Tarzan」463号でもご覧いただけます。
  http://tarzan.magazine.co.jp/


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カナダ ブリティッシュ・コロンビア州観光局
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