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    (杉田篤史・奥村伸二・大倉智之・北剛彦・塚田陽・渡邊崇文)

旅日記担当:久保有輝(番組担当放送作家)

ノスタルジック・バンコクー前編ー

     
 
サワディークラッ!(タイ語で、こんにちは!)
『YAJIKITA ON THE ROAD』担当、放送作家の久保有輝です。

8月に放送したINSPiのタイ文化交流。1年9ヶ月前の、2004年12月26日。インドネシアのスマトラ島沖で発生した大地震と、その地震による大津波。INSPiは、津波の被害が大きかったタイのプーケットやカオラックを訪れ、街の人々と出会い、
子供達との交流を深めた。その後INSPiの6人は、タイの首都バンコクに入り、引き続き文化交流を行った。

バンコクは、東京とも引けを取らないくらいの大都会。
高層ビルが立ち並び、その網を縫うように高速道路が張り巡らされている。

でもそんな高速を走っていると、お日様の光をたくさん浴びている高層ビルの陰にひっそりと隠れるように、すこし風が吹けば
飛ばされてしまいそうな、小さくてお世辞にも立派とは言えない家々が集まっている。

バンコクに到着してまず驚いたのは、渋滞。噂には聞いていたが、INSPiを乗せたロケバスもまともに走ることが出来ない。
1キロ程の距離に1時間以上かかることも稀ではない。せっかちな僕などは車を降りて歩きたくなってしまうし、
実際その方が早そうだけど、タイの人達はこんな渋滞に引っかかっても怒ったりイライラしたりしない。

まぁのんびり屋さんと言うか、おおらかと言うか…。でも人生は予定通りになんか行かないことばかり。
この位おおらかに構えている方が、生き方としては、楽しくて、正しいのかもね。

バンコクの街を歩いていると意外と日本語が目立つ。バンコクに支社を持つ日本の企業も多く、日本語の看板が
氾濫しているような地区もある。

そんな場所をブラブラ歩いていると、ポン引きのお兄さんが次々と日本語で話しかけてくる。ビジネスマンのお父さんは仲間と
日本語で話しながら通りを歩き、カフェに入れば美しいタイ人女性が、携帯で日本語の甘い言葉をささやいている。
きっと、国際電話で日本にいるであろう“パパ”に甘えているのだろう。

食事に入った日本料理屋さん。店内に入ると「いらっしゃいませ」と迎え入れられ、座敷に通され、渡されたメニューも
店員の対応も全て日本語。刺身やてんぷらを食べ焼酎を飲んでいると、バンコクにいることすら忘れてしまいそうだ。
バンコクには、多くの日本人が生活し、またそれとは別に日本人観光客もたくさん訪れていると言う事だろう。
INSPiがバンコクでまず訪れたのは、
日本人の住田千鶴子さんが経営する
スミタカルチャーセンター。

タイの歴史やタイ語を学ぶことができる、
バンコクに暮らす日本人の為のカルチャースクールである。

日本を出発する前からタイ語を少しだけ
マスターしてきた6人。

カオラックの学校でも子供達と
片言のタイ語で交流を深めていたけど、
ここで、改めてタイ語の勉強をしてみることにした。

スミタカルチャーセンターの入ったビル

シェリー先生にタイ語を学ぶ
日本語がとっても上手なシェリー先生に、
タイ語ならではの発音やタイ語のあいさつを学ぶ。

「サワディークラッ」。

このあいさつ1つとっても、カタカナでは表せないような微妙な発音のニュアンスが…。

INSPiも、タイ語の深さと難しさを改めて思い知らされていた様子だった。
さぁ、一通り、タイ語の基本的な事をマスターしたところで、
スタッフの一人が立ち上がった!

“自称タイ通”と豪語し、名前も「泰(やすし)」なので、
みんなから「タイさん!(泰の音読みね!)」と
気さくに呼ばれているスタッフ、Mr.タイ! 

そう…、INSPiのバンコクでの旅は、単なる観光地巡りでは
終わらせませんよ。

クイズと共に旅する、「INSPiタイQ」のスタート! 

でも…、本家「アメリカ横断ウルトラクイズ」と比べると、
とってもチープ…。まぁ、比べちゃいけない所ですけど。

Mr.タイの「INSPiタイQ」がスタート!
ちなみに1問目は、こんな感じ…。

Mr.タイ:第1問! ジャジャン!
「タイの国旗に使われている色は、3色ですが、
その色は、白と、青と、さて何色でしょうか?」

大倉:(早押しボタン、ピンポンと押して…) 赤っ!

Mr.タイ: 正解!
      ちなみに、青は王室、白は仏教純白の心、赤は国民の純血が中央の王室を守っている事を表しています。
      大倉君、10点獲得!

大倉:ヤッターーーーッ!

最終地点で最下位になったメンバーには罰ゲームが待っているとあって、
この後も、白熱したバトルが繰り広げられるのであった…。


スカイトレインで切符を買う奥村君

スミタカルチャーセンターを後にしたINSPiは、
次の目的地まで電車で移動することになりました。

渋滞の街バンコクの強い見方「BTS・スカイトレイン」。
幹線道路の上の高架線を走る電車で、
もちろん渋滞知らず。

ちなみにこの車体はポルシェがデザインしています。
そう言えば、どこかポルシェに似ているような…。


さぁ、このホームでまたまた始まってしまいました。
「INSPi〜、タイQ〜」!

Mr.タイ:「今から乗る乗り物は、
バンコクの幹線道路の上を走る高架鉄道、
『BTS・スカイトレイン』ですが…、
お台場でレインボーブリッジを渡っている電車は、何?」

塚田:(早押しボタン、ピンポンと押して…) ゆりかもめ!

Mr.タイ:正解!
お台場の「ゆりかもめ」とバンコクの「スカイトレイン」は、
どちらも高い場所を走っていてイメージが
似ているんですが、ゆりかもめはゴムタイヤ、
スカイトレインはレールの上を走っています。
塚田君も、10点獲得!

塚田:ヨッシャーーーーッ!

こんな感じで「INSPiタイQ」も進んで行くのであった…。


プラカノーン・ピタヤライ高校

文化交流ライヴ
スカイトレインに乗ってやってきたのは「プラカノーン・ピタヤライ高校」。

カオラックの「バーンナムケム学校」に続き、子供達との文化交流の地です。
カオラックでは小学生位の子供達でしたが、こちらは高校生。また違った形での交流が始まりました。

体育館に案内されたINSPiを待ち構えていたのは…、たくさんの生徒達。
そして「ここは日本武道館?」と錯覚してしまいそうな、たくさんの拍手喝采。
入りきれない生徒達も体育館の周りを囲みます。

そして文化交流のスタート。
校長先生のあいさつに続いて、生徒達からの歓迎の歌や踊りが、次々に披露され、まさに学園祭状態。
そんな歓迎ぶりに答えるように、INSPiも“嬉しさ100%”でライヴに望みます。

彼らのライヴに釘付けの高校生。すぐに子供達の心をギュッとつかんでしまいました。

ライヴ中盤で行われた、渡辺君のボイスパーカッション講座。
生徒達も「ボン、ボン、チィー(カタカナで書くとカッコ悪いなぁ…)」と“初ボイパ”を楽しんでましたよ。

バンコクでも子供達の交流、大成功!

渡辺君のボイスパーカッション講座がスタート

スミタカルチャーセンターの土橋先生に
アユタヤの歴史を学ぶ

シェリー先生&土橋先生と一緒に
実はINSPi、スミタカルチャーセンターを訪れた際、タイ語以外にもアユタヤの歴史を教わっていました。
バンコクから北に約80km、車で1時間半程の場所にあるアユタヤの街。1350年から417年間、5つの王朝、
35人の王が君臨した、タイの古都。

1767年にビルマ軍に侵略され、瞬く間にお寺などの多くは破壊、廃墟となってしまいました。
今では、その悲惨な爪跡をそのまま保存し、それが世界遺産になっている…、そんな街なのです。
バンコクから車で1時間半程のところにあるアユタヤですが、バンコクからアユタヤまではチャオプラヤー川と言う
大きな川が続いています。

実は、この川を豪華な船に乗って、のんびりと行くクルーズツアーが人気なんです。
そこでINSPiも船でアユタヤ入り! 
でもそんな船上で待ち構えていたのは、またまたMr.タイ! 「INSPi〜、タイQ〜」!

船上でも始まった「INSPiタイQ」
Mr.タイ:「タイでは、お金の単位が2つあります。
      1つは、バーツ。 では、もう1つは何でしょうか?」

奥村:(早押しボタン、ピンポンと押して…) サタン!

Mr.タイ:正解!

サタンは、バーツの補助単位で、1バーツが100サタン。
ちなみに1バーツは、日本円だと、
およそ3円〜4円くらいです。

奥村君も、10点獲得!

奥村:イエーーーイッ!

こんな感じで、船上が戦場と化して行ったのでした…。


クイズの合間に記念撮影

船のデッキで大倉君は日光浴

船では食事も出る(渡辺君とMr.タイ)

船でアユタヤについたINSPiは、破壊されたお寺や、かつてこの街にあった日本人村などを見て回ることになるのですが…、
その辺りの話は、来週の後編でお伝えしましょう。

ちなみに、現在の「INSPiタイQ」は、大倉君と北君が30点、奥村君が20点、杉田君、渡辺君、塚田君が共に10点で、後半戦へ。優勝は、そして罰ゲームは誰になるのか!? 乞うご期待!
    色んな表情のバンコク
そして最後に…、バンコクでこんなエピソードに出会った。

プーケットやカオラックを津波が襲った直後、バンコク市内の病院には市民がたくさん押し寄せたそうだ。
その理由は、献血をする為。

どこの病院も長い列となり、4時間も5時間も並んで、苦しんでいる同じ国の仲間の為に自らの血を分け与えた。
タイ人の優しさを感じた瞬間だった…。

いざと言う時、我々日本人は同じ国の仲間の為に、どんな事をしてあげられるのだろうか…。