旅日記 : 番組D 黒川美沙子(2006/12/23)

YAJIKITA LEGEND 〜自然の懐に触れた旅〜

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みなさん、人生旅してますか?

日本全国、各地にお邪魔しているYAJIKITA ON THE ROAD。
年末の2週は“伝説の旅”を振り返る【YAJIKITA LEGEND】をお送りします。

今週は、『自然の懐に触れた旅』をまとめてみました。
北は北海道・知床から 南は屋久島、そして奄美大島まで。

奄美では島の妖精?妖怪?“ケンムン”にも出逢いました。
まさに大自然に癒された旅、今回は私の目線で振り返り、改めてご紹介したいと思います。

   
知床半島(北海道)

2005年7月、日本で3つ目の世界自然遺産に登録された知床半島。

番組ではエゾシカに出逢い、無数の鳥達の歌声を聞き、熊の気配が漂う森の中を進みました。
取材したのはちょうど世界遺産に登録される直前だったので
暖かい知床だったんですが、知床の魅力は、厳しい冬にあると言います。

なぜなら、「流氷」がはぐくむ豊かな海の生態系に特徴があるから。

知床半島に流れつく流氷には、ロシアのアムール川が運んでくる大量のプランクトンや養分が含まれていて、
そのプランクトンをエビ、カニ、貝、小魚たちが食べ、さらにそれらをアザラシやトド、ワシなどが食べ・・・、
そして、海と陸の生態系も連鎖していき・・・、その食物連鎖が知床半島では非常にうまくいっているのだそうです。

秋になると、遡上するサケやマスを食べに、海岸に多くの熊が現れるのも知床ならでは。

そんな貴重な自然が残る知床だけど、世界遺産になってやっぱり危惧されるのは観光客の増加による自然破壊。
人間が決めた世界遺産によってその自然が壊れていくんじゃ全く意味のないことですよね。
ちゃんとルールを決めて、その自然に影響のないように見守っていけたらいいなと思います。


白神山地(青森・秋田)

屋久島の世界自然遺産は有名ですが、同じく、日本で始めて世界自然遺産に登録された白神山地・・・って
どんなイメージありますか?
そこには、取材してみてはじめてわかる、“神様のような木”ブナの原生林がありました。

実はブナの木は、世界遺産になってはじめてその価値が見直された木なんです。
それまでブナは、薪か墨にしかならない、使い道のない木として軽視され、乾くと硬くなることから、
床材としてガンガン伐採されていました。

そんな中、世界遺産へのきっかけとなったのが、青森と秋田を繋ぐ青秋林道の工事。
ブナの原生林の中に道路を作ろうと、青森側から、そして秋田側からも伐採工事が始まり、
地元でブナを守ろうと反対運動が起こりました。
それをきっかけに多くの学者たちが白神山地に入り、そこで初めてブナの素晴らしさが見直されたのです。

そして、昭和57年の着工からおよそ10年、平成5年に、白神山地が世界自然遺産に
日本で初めて登録されました。(もちろん工事は中止)

では、ブナはどんなふうに素晴らしい木なのか。

これも、取材をするにつれ、その奥深さを知ることになるのですが、一言で言うと、「懐の深い木」だということ。
これも、知床の流氷と同じで、ブナの木は、まず「美味しい実」をつけるのです。
ブナの実、私も実際食べてみましたが、クルミのような味で美味しかった!
縄文時代から、ブナの実は、昆虫も動物も人間も大好きだったそうです。

もうおわかりの通り、その実のおかげで、たくさんの動物が集まり食物連鎖が生まれます。
さらにブナの木は落葉樹なので、たくさんの葉を落とします。その腐葉土のお陰でいい水が川に流れ、海に流れ、
海から魚が遡上して・・・と、海にまで繋がっているのです。

さらにさらに!ブナの木は「ダムの役目」もしていて、50年位のブナの木でもその葉と落ち葉に、
およそ1トンもの水を蓄える! といわれています。

確かに水を蓄えていることが目でわかるのは、雨が多く降った後、ブナの蒸散作用で山から雲をわかすのだそうです。
目で見てわかるほど、水を蓄えるブナの木。
生き物にとって、いろいろな恵みを与えてくれる、まさに“神様の様な木”なんですね。

ちなみに白神山地は、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる、沖縄本島とほぼ同じ大きさの 
13万haに及ぶ広大な山地の総称で、このうち世界遺産はおよそ13%ほどだそうです。







川ガキを育てる学校「川の学校」

カヌーイストで作家の野田知佑さんが校長を勤める「川の学校・吉野川川ガキ養成講座」。

川で遊ぶ子供たち=『川ガキ』を育てる学校を、YAJIKITAは6月からおよそ半年にわたって追いかけました。

あえて、川ガキを育てよう!ということは、日本の川に川ガキがいなくなったから。
野田知佑さんがまさに川ガキだった頃、夏の川には勉強もせず、ご飯も食べずに遊んで、
夏休みの間に10kgも痩せてしまう子がたくさんいたそうです。

それが高度成長期に入り川がよごれ、ダムを作り、護岸工事でますます遊べる川が少なくなっていき、
川から子ども達の姿がなくなってしまいました。
もうこれは日本だけじゃなく、今まさに発展を続けているアジアの川、ほとんどがそうかもしれません。

ですが、日本の川にはまだ、生き残っている“良い川”がありました!
徳島県 東西200kmにわたる大河・吉野川です。吉野川には河口付近でも、川エビや小さな魚がいっぱいるんです。
その吉野川で、年に5回のキャンプをしながら、思いっきり川で遊ぶ!
いい企画じゃないですか〜!

そんなの危ないわ〜と思ってるアナタ、心配ありません、ちゃんとライフジャケットをつければ、
泳げない子でもガンガン飛びこんでいけるのです!

この川の学校を通して、30人の子どもたちは、飛び込みがうまくなったり、カヌーが上手になったり、釣りが上手になったり、
潜ってモリで魚をつくのができるようになったり・・・と、それぞれに「川ガキ」へと成長していきました。

また、川原でキャンプするのもいい経験だったのではないでしょうか。
そこは、本当に自由な場所だから。自由に焚き火して、夜更かしして、ナイフで竹細工をして。
なんでも自由。でも自分で選択したことは責任をもって最後までやる。

そんな川の学校を卒業していった川ガキたちが、どんなオトナになって川に帰ってくるか。今後が楽しみでもあります。

瀬戸内シーカヤック横断隊

YAJIKITA、今年は川を旅する野田知佑さん。そして海を旅する人達も追いかけました。

場所は、瀬戸内海。香川県小豆島〜山口県祝島まで、およそ300kmを、
手漕ぎの小さな舟=シーカヤックで1週間かけて渡る旅です。

しかも天気がよくても雨が降っても、“1週間で渡り切る”という期限付き。
そのためには、瀬戸内海の海を知る・読むことが必要で、さらに一日平均40km以上漕ぎ続けないと、
渡れない計算になります。

でも、手漕ぎの舟だけどそのスピードは驚くほどで、潮の流れを利用すれば時速10kmほどのスピードがでるほど。
なぜなら、瀬戸内海は穏やかな海のイメージだけど、潮の干満が激しい為に、満潮の時は海が川のように流れるんです。
その潮に乗って進めば、川を下るような速さで海を渡れるってこと。

その昔、陸路ではなく海の道が主役だった頃、この瀬戸内では潮や風を読みながら、
そうして自然の力を利用して海を渡ったんですね。
な〜んて知ったかぶりをしてますが、当然私がこの横断隊に、カヤックでついていくのは無理だから、陸上班として、
時にはボート、時には車で追いかけたわけです。

そして瀬戸内の文化を取材してまわったんだけど、これが興味深い、
海の文化が色濃く残ってる港町がたくさん瀬戸内にはあるんだな〜と実感。

この取材で1つ思ったのは、瀬戸内海を囲む県は、大阪、兵庫、岡山、広島、山口、香川、愛媛とあるけど、
そういう分け方じゃなくて、瀬戸内を囲む海岸エリアを、
「瀬戸内県」として1つの国(県)にした方がうまくいくんじゃないか、ってこと。

海を中心に1つの国ができたら、真っ先に海を大事にするルールが考えられ
その海に原子力発電を作ろう…なんて発想にならないでしょ。

さて、この横断隊を率いるのは、日本のシーカヤック界の第一人者、内田正洋さん。
内田さんの相棒、シーカヤックとはどんな乗り物なのか、
そして、瀬戸内の海を渡る意義を、内田さんの旅日記で感じていただきたいです。

屋久島(鹿児島)

樹齢1000年以上の屋久杉が残る、屋久島。
この太古の森を守ろうと、屋久島も白神山地と共に、世界自然遺産に登録されました。

では、普通の杉が樹齢300年ほどなのに、屋久島ではどうして1000年、2000年・・・と長寿の杉になるのか。
それが今回の取材のテーマ。
そこには、屋久島の“特殊な自然環境”が屋久杉を作り出していたのです。

屋久島は「月に35日雨の降るところ」…と林芙美子の「浮雲」に書かれるほど雨がよく降ります。
すると杉は育ちが悪くなり、年輪が小さくなります。
年輪が小さいということは、ギュッと詰まってしまうため樹脂が多く、粘りのある強い杉ができます!
それで台風にも負けず、1000年も2000年も腐らない杉が今でも残ってる、というわけなんですね。

そんな屋久島には大きな滝や川がいくつもありますが、「水清き魚住まず」。
水がキレイ過ぎて魚がいないそうです。つまり、魚の食べる物がないぐらいきれいなんですね。

その他に、倒れた木や古い切り株を栄養にして、その上にまた別の木が生える
「倒木更新」や「切株更新」というのも目の当たりにしました。
1つの切り株の上に、いくつもの生命が生まれているのは、まるで小さな宇宙みたい。
もののけ姫の世界に引き込まれそうな、そんな屋久島でした。


奄美大島(鹿児島)

屋久島と同じ、鹿児島県でも全く表情の違う、奄美大島。

奄美といえば“キレイな海”を思い浮かべますが、ここにも亜熱帯ならではの深〜い原生林が残っていました。
場所は奄美大島のちょうど真ん中あたりにある、金作原原生林。
ここにはお化けのような大型のシダや、ゼンマイのお化けのようなヒカゲヒゴが10mほどの高さで森を覆い尽くしていました。

恐竜が出てきそうな雰囲気で、しかも、この森のどこかにハブが隠れているかと思うと本気でちょっと恐かった。
でも地元の人は、ハブよりも「ケンムン」と呼ばれる、人間にイタズラをする妖怪を恐れて、
山に入りたがらない人が多くいるんです。
だからよそ者の私たちも、山に入る前にきちんと挨拶をして入りました。

そしてこの奄美の森も、年間約3000mmを越す雨と気温が影響してこのような亜熱帯の森を作っているそうです。
奄美は3月が新緑、4月が落ち葉の季節。そして5月は梅雨。梅雨の大雨で落ち葉の養分が川から海へと流れ、
そして初夏、梅雨が終わった直後の大潮の晩、珊瑚の産卵が海で展開されるんだそうです。
ここでも、自然の営みが山から海と、全部繋がっているんですね。


マザーシップカヤッキング&スピリットベアを探せ!(カナダ)

ヤジキタは今年の4月、雑誌Tarzanとの共同企画で初めて日本のメディアでカナダ北西沿岸、
「幻のスピリットベアを探す旅」をお届けしました。

このエリアは、1万年以上前に氷河によって作り出されたフィヨルドの海がユーコンまで続き、
陸路がない為人間がなかなか入れない場所。
私たちはその海を、自然にインパクトの少ない帆船で入っていきます。

そして毎日のように、その地形に守られ悠々と泳ぐ、クジラ、トド、イルカなどの大型の海洋動物や、
海岸にサケを食べにきた熊を見ながら北上していきました。

途中、沿岸に住む先住民(ファーストネイション)の小さな村に招待され、
食事をご馳走になったり先代から伝わるダンスをみせてもらったり、これも貴重な体験でした。

そして旅の終盤、ついにスピリットベアに遇うことができたのです!

このクマは、黒クマの母親から白いクマが産まれてくる…どうしてそうなるのかまだ科学的に証明されていなく、
しかも黒クマはカナダ全域で見られるのに、この白い黒クマ(スピリットベア)はこのエリアでしか生息が確認されていない、
謎の多いクマなんです。

さて、この旅に出かけたのは瀬戸内シーカヤック横断隊で登場した内田正洋さん。
シーカヤックのメッカといわれるこの海で、そしてスピリットベアに出遇い何を感じたのか…
じっくり内田さんの旅日記をご覧いただきたい。

 
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