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旅人 : ラジオDJ 柴田聡

春風に乗って走れ! 湘南国際マラソン・本番編

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  いよいよ大会当日が近づいてきた。日々ラジオDJをしながら、あらゆる仕事場で
この『湘南国際マラソン』完走したいという話をしてきた。それはどこかで、人に伝えることにより自分を追いやって
本番へのモチベーションを上げようとしているのかもしれない。

  はたして完走できるのか?それとも想像も付かない結果が待っているのか?
どんな感動が得られるのか?など期待と不安の気持ちが増えて来た。

  YAJIKITAスタッフから「DJとマラソンランナーの共通点は何?」と質問された。正直、すぐには答えが見つからなかった。
でも、ひょっとしたら走り続ける中で山あり谷ありとDJの生放送に似たものがあるのではと思った。
自分が想像も付かなかった場所でピンチな状態になり、でもその場を乗り越えて感じる気持ちよさ。
そしてゴールした時に続けて良かったと思える何かを見つける事ができるのでは?と、感じていた。
果たして走り終えてから同じ気持ちなのだろうか?


釣り船「良見丸」

左から、秋本さん、古川さん、栗原さん、柴田

 さて湘南を知るべくまだまだ旅を続けた。
湘南と言えば、もちろん『海』である。今回、初体験となる相模湾での船釣りに挑戦だ!

  協力して下さったのは、釣り船「良見丸(よしみまる)」と船長。そして江ノ島で「魚華(うおはな)」という食堂を営んでいる、
栗原誠次郎さんと、従業員の秋本さん、古川さんが、同行してくれることになった。


カサゴを釣り上げた柴田

 いざ出港!!目指すは『カワハギ』。どうしても、おつまみの乾きものイメージしかなかったので
どんな姿をした魚なのか知る事もなく、釣りにチャレンジした。沖に到着して餌をセットして竿から釣り糸を海中に下ろす。
すると、驚くことに、ものの3分程で魚がヒット!引き上げると『カワハギ』ではなく『カサゴ』であった。それで調子付き、
高を括っていたら全くと言っていいほど、魚にバカにされているかの様にヒットせず時間終了となった。。。


栗原さんがカワハギを釣り上げた!

 横では栗原さんが嬉しそうに『カワハギ』を見事に釣り上げていた。さすがである。

  でもしっかり得られたのは、船内での船長と栗原さん、秋本さん、古川さんとの交わりの中で感じたそれぞれの思い。
船長は海の話をすると目を輝かせ話が止まらなくなる。栗原さんも江ノ島でお店をもっていることに誇りをもっている。
秋本さんも古川さんもこれまで色んな体験をして来て、今江ノ島で働いていることに充実感を得ているようだ。

  自分が輝ける場所を見つけ、そこで生活をし仕事をしている。単純なようでそれを発見し実現出来ている人は
どれだけいるだろうか?海の男達の魅力を感じた。

  しかし自分で釣った『カワハギ』を、栗原さんが美味しいと教えてくれた唐揚げにして食べたかったな〜。
そう、食べると言えば『新江ノ島水族館』には美味そうなイワシの大群がいた。

 そして食卓に並ぶような多くの魚介類も特別展示されていた。

 その企画の展示テーマは『食卓の魚』。内容はというと「わたしたち日本人は海の命を頂くことによって生きてきました。
彼らの生きていた時のいきいきとした姿を憶えておいて下さい。『いただきます』の言葉はかれらの命に対する
感謝の気持ちを表しているのです。」

 なるほど〜、深くうなずいてしまった。今まで、当たり前のように使っていた『いただきます』という言葉。
こんな風に考えたことがあっただろうか?魚やお肉、野菜にいたるまで共通して言える事なのではと思う。

  さあて『海の男達』『魚君達』に続き『女の子達』に会いに行く!

 何かと言うと、『湘南国際マラソン』のスタートを盛り上げてくれる『鵠沼高校』のマーチングバンド部に取材に行った。
この『鵠沼高校』4年前までは女子校で男女共学になってまだ3年。その為、男子の数が極端にまだ少ないそうだ。
マーチングバンド部のメンバーもほとんど女子。

  何気なく校門から校内に入ると、一気にノスタルジックな気持ちにさせられた。放課後という時間、チャイムの音、
職員室、部活練習をする部員達の声、教室、廊下や階段の踊り場、全てタイムスリップしたかのような感覚。
思い出すとなんだか一人で興奮していた気がする。

 そして『マーチングバンド』部が練習する講堂へ。そこで見た光景は『青春』そのものだった。透き通るような目で一生懸命、
自分が担当する楽器を奏でていた。練習曲を聴いているだけで『湘南国際マラソン』の本番で
ランナー達に元気と勇気を与えてくれるのは間違いないと確信した。


桜井茂先生と一緒に

左から、今川さん、藤岡さん、柴田、吉田さん、西原さん

 その後、マーチングバンド部顧問の桜井先生と教室で面接、ではなくインタビュー。 物腰の柔らかい先生は、
大会でのスタート演奏は絶対に成功させたいと熱く語っていた。そして、その後何人かの部員ともお話をさせてもらった。
箸が転んでもおかしな年頃なのだろう。ただ話しているだけなのに、こっちまで笑みが溢れてしまう。 若さには適わない。
自分も若くない事に気付く。

  先生も部員の皆さんも快く歓迎してくれて素直に嬉しかった。ぜひ本番では逆に応援したいと思った。

 そしていよいよ大会当日3月18日(日)、午前5時に宿泊先の大和のホテルで起床。
カーテンを開け、雲一つない最高のマラソン日和であることを確かめる。小田急線に乗り、片瀬江ノ島駅へ。
電車内はほぼ全員と言っていいほど、ジャージ姿のお客さん達という不思議な光景。見ず知らずの人同士なのに、
同じ目的を持って大会開催場所に向かっている。電車で少し寝ようかと思っていたが、
不思議とテンションが上がってきてスタートが待ち遠しくなってきた。

  午前8時、フルマラソンスタート1時間前。時間が刻一刻と迫って来た。
スタート地点沿道には続々とギャラリーが増えてくる。フルマラソンエントリーした選手達は、
自己申告のゴール予定時間順に江ノ島弁天橋に待機。

 8:30。弁天橋で待機していた選手達が134号線、新江ノ島水族館前にいよいよ移動。
スタート地点には鵠沼高校のマーチングバンド部がカッコいいユニフォームを纏って待機。
何人かメンバーは自分の姿に気付いてくれ言葉はないが会釈を交わす。


車いすの部がスタート

 8:45。そうこうしているウチ車いす10Kmの部がスタート。この時点で私柴田聡はゼッケンをまだ付けていないことに気付く。さっそく急いで付けてスタート地点に入る。その時点でスタート5分前を過ぎていた気が。。


さっそうと走ってるように見えるが、
これは仮説トイレから
慌ててスタート地点に戻ろうとしている柴田

 8:57。急にトイレに行きたくなり、近くの仮設トイレに駆け込む。なんとかスタート時間前に用を足し、スタート地点へと急ぐ。なんとか列に戻れたと思ったが、そのままスタート合図のピストルがなっちゃった。。。

  9:00。鵠沼高校のマーチングバンド部による壮大な音楽と共に、個人的にはあれれ?という状態で、
緊張感も無くスタートである!


高橋尚子選手も応援に駆けつけた

 でも、およそ7000人というフルマラソン参加者達が放つエネルギー、スタート時の沿道の応援、
マーチングバンド部が奏でる音、全てに鳥肌が立った!そして道の先には富士山が美しくはっきりと見えている。
42.195kmの長い旅が今、始まったのである。今まで味わったことのない感覚である。スタートでこれだけ感動しちゃうのに
ゴールはどんな気持ちなのだろうか?そんな心配よりまずは完走しなければ。

  スタートして分かったことは沿道の人の応援が切れ目無く続く事。最初は特定のランナーに応援しているだけだと
思っていたが、それは間違いだった。がんばれよ〜、と走ってくるランナーに皆に伝えている人が大半であった。

  5km地点の第1給水所、まだまだ立ち止まって給水はしないぞと余裕の走りで水だけを二口三口、口に含んだ。

  同じく10km、15km地点の第2、第3給水所もペース変わらず走り抜ける。このペースであればもしや3時間台も
夢じゃないかもとタイムの計算ばかりするようになる。でもけっして調子に乗ってはいけないと自分に言い聞かせる。

  アップダウンの少ない134号線の鵠沼、辻堂、平塚を走り向け、折り返し地点の気配が感じられる大磯に入り
西湘バイパスへ。ここからはキラキラ輝く海が望め、ゆったりとしたウネリによってつくられた波が、
岸にザバーン音を立てて打ち寄せる。自然を五感で感じ、地球に生きている事の実感をする。

  そんな中、自分でも驚く位にコンディションの良い状態で折り返す。

  しかし折り返してからは思わぬ向かい風。今までのペースが徐々に崩れて行くのが分かる。
きっと風が止めばペースも復活できるのであろう。と思っていたが、25km地点の第5給水所辺りで
風のせいだけでないことに気付く。いつの間にか足に来ていたのだ。給水所で初めて立ち止まる。
悔しい、でも手渡されたバナナがこの上なく美味い!!足は疲れているが、一気にやる気が出てきた。

  とりあえず、このペースであっても単純計算4時間台でのゴールは確実だ。余計な事は考えずに走ろう。

  30km地点第6給水所。またもや立ち止まる。自分の足とは思えない感覚だ。走っている方が楽なのでと思うくらい、
歩くと足がガクガクしている。ちょっとストレッチをしてみる。なんとか復活しそうである。もう一度走り始める。


 

≪柴田がフルマラソンにチャレンジしてる間もロケは続いていた。そんな様子をスナップ写真で一挙に紹介!!≫




10キロの部がスタート


木曜ランナーズの小林監督は、視覚障害者の部、1位でゴール! おめでとう!

 35km地点第7給水所までなんとか歩かず、でも歩くより遅いかもしれない走りで辿り着いた。
もうゴールまで 10kmを切ったのだ。

  僕を見た沿道のおばちゃんは「いっち、に、いっち、に」と手を叩きながらリズムを合わせ精一杯応援してくれた。
少年野球チームの子供達が沿道でハイタッチをしてくれた。丘の上の幼稚園のベランダの柵から顔を出し、
ちびっ子達が『兄ちゃん頑張れ〜』と声援をくれた。全てが力となった。

  まだ間に合う。5時間以内でゴール出来る。走り切ろう!!

  でも走っても、走っても40km地点が見えて来ない。沿道の人に「次の給水所はどの辺?」と聞く。
「もうすぐそこだよ〜」と教えてくれた。でも出てこない。もしや通り過ぎてしまったのか?いやそんなことはない!
すぐといってもまだ出て来ない。歩いているのか、走っているのか分からない状態だ。

  するとやっと見えてきた、40km地点の第8給水所。なんとか前に進んでいる事に気付き少し安心した。
でも手元の時計を見ると既に間もなく5時間を経過するところ。初マラソンで4時間台完走すら
夢のようなタイム設定なんだったんだなと情けなく感じる。そのまま歩き始めてしまう。

  そしてラスト2.195km。またこの距離がむちゃくちゃ長いのだ。本当に長いのだ。
スタートした『新江ノ島水族館』がゴールであって欲しいとどれだけ思ったか。水族館を通り過ぎ、
なんとか走って江ノ島へ向かう。いよいよラストコーナーを曲がり弁天橋のストレート。多くの応援の声が聞こえる。
走る事だけに意識を集中しないと足が動かなくなってしまいそうだ。ゴールが見えている橋の途中で
リタイアしてもおかしくない位、体力は衰退し完全に気合いと応援の力だけで足を動かす。

  そして、とうとう人生初となるフルマラソン完走達成!手元の時計で5時間と16分と25秒。もう長い旅は終了したのだ。

 走っている時間としては長い5時間、でも大袈裟な言い方かもしれないが人生の縮図とも思える内容の濃い5時間だった。

  走る前にスタッフに聞かれた質問。「DJとマラソンランナーの共通点」もう一度考えてみた。考えが甘かった。
自分がDJとしてどんな番組進行をしていくか、しか考えていなかった。そのマイクの向こうには、数えきれないリスナーが、
マラソンで言えば沿道にはギャラリーがいる。その応援者がいるから力をもらい、走り続けられるのだ。
リスナーがいるから聴いてくれる人がいるから語り続けられるのだ。人が地球で暮らす限り支えてくれる人が、
力となってくれる人が必ずいる。それを蔑ろにしてはいけない。

  今回の湘南の旅でも言えると思う。今まで何度も湘南に来ていて気付かなかったことが多くあった。地元の人と直接会い、
直接話をすることにより湘南の魅力を知る事が出来た。人々と会えるきっかけが転がっているのに、それに気付こうとしない。
それを蔑ろにしてはいけないということにも気付けたかも。

  さて、来年も必ずや新たな目標を設定してこの『湘南国際マラソン』に出場しようと思う。
今度スタート前にはちゃんとトイレは済ませておこうっと。。。

 

湘南国際マラソン取材の舞台裏

 みなさん、こんにちは。YAJIKITA担当作家の久保です。柴田聡君が走った今回の「湘南国際マラソン編」、
如何だったでしょうか? 柴田君に「ラジオDJとマラソンランナーの共通点って何?」って質問した張本人です。

  今回の「湘南国際マラソン編」の取材は、準備期間から含めると半年近くを要する、とても長い時間をかけて作成されました。もしかしたら、YAJIKITAの歴史の中で一番長い制作期間かも。だから、少しだけその舞台裏を…。

  江ノ島に住んでいる僕は、「湘南国際マラソン」の開催は去年の夏位から知っていたんだけど、正直言って人事だった。
10月のある日、時々訪れる「ねこん家」に鎌倉帰りのMディレクターと立ち寄って事は動き出した。店主のねこちゃんも、
僕の知人のUさんやKさんも走ると言う。特にUさんは、胴回りが普通の人の2倍はある様な恰幅のいい男性。
しかも50代だし、最近運動と言う運動もしていない。例え10キロの部とは言え、
途中で倒れて救急車で運ばれるんじゃないかと心配する声もあった。でも彼は、そんな声には耳を傾けず、
休日になると練習を始めた。彼をここまで虜にしてしまった“マラソン”って何なんだろう? 
…と同時に、「湘南国際マラソン」をYAJIKITAで追いかけてみたいと思った。

 番組で取り上げるのなら、フルマラソンに出場する誰かが必要。すぐに浮かんだのが柴田君だった。
たぶん彼がこの仕事を断っていたら、僕はこの企画を進めていなかったかもしれないな。

  電波に言葉をのせて、その想いを伝える“ラジオDJ”。僕が10数年、ラジオDJの人達と仕事を共にしてきて思う事。
「ラジオDJって、辛い仕事だよなぁ。」

  柴田君とは、他局の番組で仕事を一緒に始めて、気が付けばもう4年。新人同然だった彼は、この4年でかなり成長して、
技術的には誰から見てもラジオDJとして胸を張っていい存在になった。でも僕は、彼のトークにずっと物足りなさを感じてきた。1リスナーとして聴いていて、彼の言葉がストレートに心に響いてこない。それはなぜなんだろう?しかも彼だけじゃなくて、
僕が今、仕事を共にしているラジオDJやパーソナリティーは、みんなそう…。

  何かを製造している人は、そのモノを作るのが仕事。
  何かを販売している人は、そのモノを売るのが仕事。

  だとすると僕達メディアは、いったい何だろう?

 メディアの仕事は、ラジオならリスナーに、テレビなら視聴者に、紙媒体なら読者に“きっかけ”を与えるのが仕事。
例えば、何かに悩んで立ち止まっていた人が、ラジオDJの一言で何かきっかけをつかんで、もう一度前に進もうと思ったり、
ラジオDJの一言で元気を貰って、心から笑えるようになったり…。

  僕達メディアの人間は、気が付かないうちに、たくさんの人を救っている。

 政治家や学校の先生や警察官やお医者さんとかと同じ様に、人を救う仕事の1つなんだと思う。
しかも、学校の先生や警察官やお医者さんなんかよりもずっとずっと、短時間でいっきに多くの人を救える仕事なんだと思う。
だからこそ、その前面に立って話さないといけないラジオDJは、とっても辛い仕事なんだと思う。
彼らが放った一言がきっかけで、誰かを元気付けることもある。でもその反面、彼らが放った一言がきっかけで、
誰かを苦しめてしまうこともあるだろう。だからラジオDJは、自分が思っている事だけではなくて、リスナーが100人いれば
100通りの気持ちを瞬時に察知して、みんなが幸せになれるような言葉を選び放たなくてはいけない。
形容詞ばっかり並べたカッコ良くて聞こえのいい言葉では、人は救えない。自分をさらけ出して、いろんな人の気持ちになって、その思いをがむしゃらに一生懸命訴えないと、人は救えない。

  だからラジオDJって、実は、とってもカッコ悪い仕事なんだと思う。

  でもラジオDJを見詰めるリスナー達にとっては、芸能人を見る目のようなカッコ良い存在に写っているし、
カッコ良いと思える存在だからこそ注目してくれる。カッコ良い仕事だからラジオDJになってしまった人もたくさんいると思う。

  ラジオDJの多くは、最初は技術面を磨かないと使い物にならない。まずは上手にしゃべるという練習。
4〜5年かけてそのスキルをあげていく。そこにはどんどんカッコ良くなっていく自分がいるはずだ。
もっともっとカッコ良くなろうと努力する。そして自分が一人前になった、カッコ良くなったと思ったその瞬間、
次の壁にぶち当たる。カッコ付けていたら、何も伝わらない。ここ1〜2年、柴田君から色んな悩みを聞いたり
相談を受けたりしてきた。たぶん彼も、カッコ良い仕事だからラジオDJを選んだ一人なんだと思う。
人を救うのって、 とってもカッコいいしね。だからカッコ悪い自分をさらけ出すのが、怖い。当然のこと。

 ラジオDJは、カッコ良くなくちゃいけないし、カッコ悪くなくちゃいけない。
こんな矛盾した仕事って、他にあるのかなぁ…。

  あった。
  マラソンランナー。

  あんなにたくさんの人達に見られている。注目の的でもある彼らは、応援するみんなにとって
カッコ良い存在じゃないといけない。それに彼らだって、できればカッコ良く走りたいと思っているはずだ。
でも42.195キロを走るには、カッコなんか付けてはいられない。苦しい表情を見せて、涙を見せて、
時には無様な姿をさらけ出す。でも応援している人達は、そんな彼らの、カッコ良い姿じゃなくて、カッコ悪い姿を見て
感動してくれる。

 それは彼らが、カッコ悪い姿を惜しげもなくさらけ出して、がむしゃらに前に進んでいるからだと思う。
そしてそれは、とてもカッコ良い姿なんだと思う。

  カッコ良くなくちゃいけないし、カッコ悪くなくちゃいけないという矛盾した仕事の、ラジオDJとマラソンランナー。
でもその矛盾をどう乗り越えるかによって、真のラジオDJも、真のマラソンランナーも誕生するんだと思う。
ちょうどその矛盾に気が付いて悩む時期にぶつかった柴田君。
スタジオでアンカーマンをやってくれている井門君も、たぶん同じ様な時期にさしかかっていると思う。
2人には、この矛盾を乗り越えて、真のラジオDJの道を歩んでいって欲しいと思っている。
せっかく、人を救うという素晴らしい仕事に、巡り合うことができたのだから…。


                                           YAJIKITA ON THE ROAD担当 放送作家 久保有輝

 

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