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旅人 : JFNアナウンサー 井門宗之

薩摩の郷中教育に迫る!

     
 

薩摩の偉人と言って、皆さんは誰を思い浮かべるだろうか?
西郷隆盛・大久保利通・東郷平八郎・山本権兵衛・大山巌・星グランマニエ…(氣志團・鹿児島出身)。最後の方はさておいて(苦笑、ファンの方ごめんなさい)、維新期の薩摩には近代日本のリーダーとなる人物を多く輩出したという歴史がある。これは一体何に起因しているのだろう?

薩摩には古くから、ある人材教育システムが
存在する。地域それぞれのコミュニティーの中で、
完全縦割り社会を作り、年長者が年少者を
育成するというシステム。
その名を『郷中(ごじゅう)教育(きょういく)』と言う。

前述の偉人達の名前を見ていただいてもお分かり
いただけると思うのだが、錚々たる顔ぶれである。
この人物達を作り上げた『郷中教育』とは
一体どういったものだったのか?

今回のYAJIKITAの旅は、ちょっと真面目に
(「またまたぁ〜」とか言った人、挙手。)、
このシステムを掘り下げていくのである!!

郷中教育には3つのキーワードが存在する。

・嘘を言うな
・負けるな
・弱いものをいじめるな

ぱっと聞くと当たり前の教訓であるのだが、シンプルな
掟の中に様々な要素が詰まっている。

例えば『負けるな』という言葉の中には、【相手に】ではなく
【自分に】という枕が内包されているのである。
自分に負けるな。実はこの精神世界は、あの西郷隆盛の
母マサの言葉の中にも隠されている。

下級武士の家に生まれた西郷隆盛は決して裕福な暮らしをしていなかった。と言うより、むしろ貧しい暮らしであった。
そんな暮らしの中で母マサは家族にこんな事を
言っていたという。

【貧乏は恥ではない。貧乏に負ける事が恥なのだ】と。

この言葉があればこそ、西郷家の子供達は
「貧しい」という生活状況の中において、
精神的に余裕が持てたのではないだろうか。
「昭和枯れすすき」の世界とぜんぜん違うなぁ、
と1人悩んでみるも虚しい…。

さて、この郷中教育であるが実はその歴史は古く、
明治維新よりももっと昔。
戦国時代の島津義弘の頃に確立され、
継承されてきたものなのだ。

薩摩藩独特の縦割り教育。
郷中とは平たく言えば自治会組織の様なものだ。
幕末には鹿児島の城下町に数十戸を単位として、およそ30の郷中があったと言う。
ではその中でどんな教育が行われていたのか?
郷中教育の中では先輩が後輩を『勉学・武芸・体育・スポーツ』を通じて指導することによって、強い武士をつくり、
ひいては強い薩摩を作り上げることが目的とされた。

この辺りのお話を『鹿児島市維新ふるさと館』の歴史解説委員:福田賢治さんに伺う。
この維新ふるさと館には、郷中教育にまつわる展示物もさる事ながら、薩摩の維新の歴史について、非常に内容盛り沢山で、
しかも分かり易く楽しく教えてくれている。
詳しくは http://www.ishinfurusatokan.info/index.html でチェック!!

時を経て、この郷中教育を今の時代に受け継ぐ人物がいる。
それが加治木島津家第13代当主:島津義秀さんその人だ。
島津さんは現在の鹿児島について、国を背負って立つ様なリーダーの不在を憂う。
だからこそ、人材養成を第一の使命と考え『NPO法人 島津義弘公奉賛会』を立ち上げたのだ。
詳しい島津さんのコメントは http://www.shimadzu-yoshihiro.or.jp/aisatsu.html でチェック!!

郷中教育の本質とは、子供達の自立を促すところにあるのかもしれない。

そしてその本質は今の時代になって、また再びその灯が点ったのである。

島津さんの活動が、この国の将来に大きな花を咲かせることを強く願うのであった。