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旅人 : 井門宗之

地下鉄・副都心線開通記念! 
東京歴史散歩(池袋〜新宿編)

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2008年6月14日、東京に新たな地下鉄が開通した。構想から実現まで36年。
この地下鉄が開通した事によって、東京の地下鉄事業は完結を迎えたという。
埼玉から渋谷までを地下で結び、今後は私鉄への直通運転で横浜方面へも行ける!

池袋・新宿・渋谷という東京の主要都市を結ぶその新線の名は【副都心線】。
産声を上げたばかりの地下鉄兄弟13番目の末っ子だ。

基本的に末っ子精神のYAJIKITAがこれを取材しないわけにはいかない!
というわけで今回の旅は【副都心線開通記念!沿線の歴史散歩】なのであります。
しかもレポーターは久々のワタクシ井門宗之(長男・B型・おうし座)初めてYAJIKITAのレポーターを担当したのは
まだ20代の頃。今回の旅、井門、気付けば31歳になってました(号泣)
実は今回のレポートの話、少し前に番組プロデューサーのK氏に振られまして。

K氏「井門、久々にYAJIる?(赤ちゃんの様な笑顔で)」
井門「良いっすね〜!もちろんYAJIりますよ!今回の場所は?」
K氏「地下鉄副都心線の取材だよ。」
井門「東京の新たな動脈!行きましょう!で、何で僕?」

K氏「井門と言えば【地下】だろう?(ニヤリ)」

*詳しくは懐かしの『東京をタテに楽しむ』の回をご覧下さい。

いや、ニヤリぢゃなくてよ・・・。
こうして、東京の地下取材を一手に任された地底人井門(31歳)。
今回の取材も深いところを掘り下げていく予感(上手い事言った感じにすらなってない。)
それもその筈、13本もの地下鉄が走る入り組んだ東京の地下。
場所によっては、物凄く深く掘らなきゃ地下鉄なんて通せない!
別の路線とスレスレの所を通さなくちゃ、MURIな場所もある!
一体どんな取材になっていくのか・・・!?
よ〜し、こうなったらとことん地底人になってやるぞ!ね?プロデューサー!?

K氏「いや、今回は沿線の歴史散歩だから。○ぃ散歩みたいな。」

ちーん。

というわけで今回は晴れ渡る空の下、お散歩取材!!
せっかく新たな路線が開通しても、主要の駅しか楽しめないのはつまらない。
実は副都心線、沿線の駅もかなりディープな面白さを秘めているんです。
もし皆さんが東京に遊びに来た時に、このYAJIKITAがお役に立てればこれ幸い!

さぁ、まずはこの副都心線がどこを通っているのか?そこからいきましょうか。
副都心線は埼玉県和光市から渋谷迄を結び「和光市」「地下鉄成増」「地下鉄赤塚」
「平和台」「氷川台」「小竹向原」「千川」「要町」「池袋」「雑司ヶ谷」「西早稲田」「東新宿」
「新宿三丁目」「北参道」「明治神宮前」「渋谷」と、16の駅が存在する全長20.2kmの路線です。
和光市から池袋までは、既に開業していた【有楽町線】と同じルートを辿るという事で、
これまでも仮開業していたんですね。なので今回の旅はそこから新たに伸びた、池袋より先の街を徹底取材していきます!


6月某日・上野。天候:雨。
いつも通り男ばかりのYAJIKITA一行は、副都心線を管理する【東京メトロ本社】入口にいた。
世界的に見ると地下鉄の歴史は19世紀ロンドンが発祥だが、日本での地下鉄の歴史は1917年に
地下鉄の父:早川徳次氏によって免許の申請がされたのが、その第一歩と言われている。
その後、浅草-上野間に第一号の銀座線が開通。そんなこんなで上野に東京メトロの本社があるんでしょうね。
副都心線のお話は、何より東京メトロの方に聴くのが一番!という事で、警備の方に不審な目で見られながら
メトロ本社に突入したわけでございます。今回このむさ苦しい男共を引き受けてくれたのが、
東京メトロ広報の枝久保達也さん。メガネが素敵な知的イケメンだ。井門のメガネとは何かが違う。
爽やかな初夏の風を思わせる枝久保さんに、副都心線のアレコレを伺った。



東京メトロの枝久保さんと一緒に!

枝久保さんは地下鉄も好きだが、都市計画に興味があって東京メトロに入社したという。
一つの街が地下鉄の駅や路線が出来る事によって、どんどん発展していく。確かにその街作り、楽しそう・・・ってか壮大!!
枝久保さん、見かけの爽やかさとは良い意味で逆の熱さを持ってるゼ!
しかもこちらが繰り出す質問にもテキパキと答えて下さる。完璧。



東京メトロの本社に貼られていた副都心線開業ポスター


東京メトロが公式スポンサーの
東京マラソンの優勝トロフィーも発見!

ちなみに副都心線は、その名前の候補がいろいろあったそうな。例えば「渋谷線」「明治通り線」など。
その中でも池袋・新宿・渋谷という東京を代表する副都心を走るので「副都心線」となったそうだ。そう聞いて、
井門も何かネーミングを考えてみる。むむぅ・・・うん、副都心線の方向で!
何も浮かばなかっただけなんスけど。ここで一番驚いたのは、新宿三丁目駅のお話し。この駅は既に都営新宿線、
丸の内線が地下で交差する場所。非常に入り組んでいるわけであります。
ここに更に副都心線を通すってんだから、そりゃ大変な作業になるんですよ。
副都心線のトンネルと、その下を通る都営新宿線のトンネル、
一番接近している部分でその近さなんと11cmって言うぢゃありませんか!?
11mぢゃなくて11cmですよ・・・。
日本の工事技術って凄いなぁと改めて感心してしまいました。
この工事に携わった全ての人に心から拍手を送りたいっすね〜!!

さて東京メトロでしっかりと副都心線のアウトラインを学んだYAJIKITA一行。
早速沿線の旅へと出発なのです。
まず向かったのが雑司ヶ谷。この駅は都電荒川線「鬼子母神前」駅の目の前にあります。
閑静な住宅街の真ん中にぽっかりと口を開けた地下への入口。
この隣が池袋とは思えないほど下町風情が漂うこの場所は、谷や坂がとても多く、
戦後の無茶な都市開発を幸運にも免れた場所でもあるんです。夕方には夕焼け小焼けが鳴る様な、
路地で子ども達がかくれんぼや縄跳びをしている様な、そんな場所なんです。あ、地元のクリーニング店とか精肉店、
青果店なんかもバリバリ元気に営業している。そんな雰囲気の良い街なんです。この雑司ヶ谷の駅から歩く事数分。
路地を歩いていると、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってきます。それが鉄板焼き煎餅の老舗【小倉屋製菓】さん♪
この場所でお煎餅を焼き続けて50年以上にもなる、この街の人々に愛されてきた名店です。

初代とその息子さん、娘さんの旦那様3人で工房を仕切り、常に40℃近い部屋の中で、
それはもう香ばしい鉄板焼き煎餅を焼き続けている。食紅の作用でピンク色になった桜型の生地が、
鉄板で上下からプレスされ、「きつね色」の美味しそうなお煎餅へと変わる。
それがドラム型の焼き機の中で油と絡まって、より香ばしさを増していくのです。もう最高!!
お話しを伺ったのは2代目の武田英男さん。煎餅も雑司ヶ谷の町も、心から愛している。
家族の汗と涙の結晶がこのお煎餅なんです、と語ってたのが印象的だったなぁ。
その味はまさに絶品!!岸朝子さんも推薦の味は、この井門が保証します!(説得力ない?)



焼きあがったばかりのお煎餅。まだ温か〜い!


武田さん&できたてのお煎餅と一緒に!

ところ変わって、続いての場所は西早稲田。
明治通りの目の前に口を開けた西早稲田の駅前は、雑司ヶ谷とは全く雰囲気が違う。
車もびゅんびゅん走り、街にはワイカー(可愛い)な女子大生っぽい娘達がいっぱい。
駅の名前からも察しがついているかと思いますが、ここは勿論学生の街なんですね。
到着時間がちょうど夕方だったせいか、授業終わりの学生達で賑わっている。
そうかと思い早稲田通りを歩くと、確かに居酒屋さんやcafeなんかが沢山(ついでにパチンコ屋さんも多い)。
今も昔も、学校帰りの学生さん達が行く場所は変わらないんですね。ちょっと安心。

ちょっと取材とは話が逸れますが、この西早稲田、カレーファンにとって最高の駅なんです!
駅近辺にインド料理のお店が軒を連ねるだけではなく、東京でも屈指のカレー有名店が多い!
お茶の水に本店を構え井門自身がオーナーと知り合いでもある「エチオピア」、
最近の宮崎ブームの中誕生した宮崎出身「バレーカレー」、
知る人ぞ知るカレーの超名店「夢民本店」、学生街に芳醇なスパイスの香りが漂っているかのよう!
西早稲田の駅が出来るまでは、高田馬場や早稲田の駅から結構歩かなくては、これらのお店には
辿り着けなかった(横着するなと怒られそうですが・・・)。しかし西早稲田駅が出来たお陰で、
アクセスが良くなり、カレーファンが殺到している・・・らしい。
YAJIKITA一行のMディレクターもこの日「エチオピア行きてぇ〜。」と呻いていたっけ。
皆さんも【西早稲田にはカレーの名店が一杯!】という事を覚えておいて損は無いですよ〜♪

スパイスの香りに後ろ髪引かれながら、それでも我々の取材心を捉えて離さない場所が、
この西早稲田駅付近には存在する。それが今や都内でも珍しくなった名画座「早稲田松竹映画劇場」。
1951年にオープンして以来、50年以上この地で営業する映画館だ。
2006年にリニューアルを施した為、見た目は新しく奇麗な映画館なのだが、
入口に貼られてある本日のラインナップに泣きそうになった。
『寺山修二特集』す・すごいよ早稲田松竹!!
寺山好きな僕としては「書を捨てよ〜」「田園に〜」の2本立てはしびれます。
しかもこの【2本立て】ってのが良いじゃないですか!?昔は封切り館も2本立てだったですよ。
入口の大人1300円の券売機も、入口すぐで係員の方がチケットを切ってくれるのも、
小さい劇場だからこその、手作り感も、全てが学生の街に相応しい映画館なんです。
お話は支配人の菊田眞弓さんに。菊田さんは支配人でありながら、お客さんのチケットを1枚1枚、
自らの手で千切ってくれる。その様は来てくれるお客さん、一人一人に感謝しているかの様だ。



ロビーには上映中の寺山修司作品の
紹介看板コーナーが!


菊田さんと一緒に!

「私自身、映画が大好きなんですけど、私より映画に詳しいスタッフが色んなジャンルの名作フィルムを選んで、
それを上映しているんです。学生達に名画が見て貰いたくて。」

照れながら柔らかく笑う菊田さんは、ロビーの奥に掛けられた黒板の前に僕を連れて行ってくれた。

「これはその日に上映する映画のイメージ画なんです。黒板にチョークで、美大出身のスタッフが一生懸命
描いてくれるんです。1か月のラインナップを載せたフライヤーにも、スタッフ特製のイラストが描かれているんですよ。」



スタッフが手書きで書いている黒板。 毎回、写メを撮って帰る常連さんもいるらしい。

早稲田松竹映画劇場は2002年に一度休館するという歴史を持つ。
早稲田の街から映画の灯が消えた時期があったのだ。
しかし地元商店会は勿論、早稲田大学の学生達の必死の動きにより、
その年の間に、映画館には新たな灯が点ったのだ。情熱の灯は消えなかったのだ。
愛おしくなる程の下町のおせっかい気質が、この劇場を救った。素晴らしい名画ばかりを上映するのは、
きっとその御礼の意味も込められているのだろう。スタッフの笑顔もとても柔らかかった。
さて、皆さんは『うたごえ喫茶』という店をご存知だろうか?
昭和30年代、40年代には一世を風靡し、戦後の日本人の心を元気にした「歌」を、
それこそ心の底から楽しませてくれる場所。それが『うたごえ喫茶』なのだ。
最盛期の新宿歌舞伎町では、夜にもなるとあちらこちらから『うたごえ』が響き、
それはそれは賑やかだったという。21世紀の現代において、その『うたごえ』を今も守るお店が、
新宿に存在した。その名も『うたごえ喫茶・ともしび』。

お客さんが全員で合唱するんでしょ??結構ご年配の方が多いんでしょ??
大丈夫かなぁ、一見さんなんかが入ったら怒られるんぢゃないの??
ホラ、昔のJAZZ喫茶なんて、店内で会話しただけで怒鳴られたって言うし・・・。

そんな心配をよそに、YAJIKITA一行は新宿の雑居ビルへと入っていった。
エレベーターのドアが開くと、ガラス戸の向こうは意外にも相当明るい店内!!
でもやはり異質の我々を警戒している雰囲気が丸出しである。

他の方がリクエストした曲でも前に出て行って、みんなで和気藹々と一緒に歌ってしまう事もOK!
そしてもちろん自分の席で一緒に歌ってもOK! まさに大合唱!

この「うたごえ喫茶」のシステムだが、歌が歌えても歌えなくても、
会計には「歌声チャージ」が含まれる。横長のテーブルが2列、正面のステージを向けて配置され、
お客さんは各テーブルに置かれた「歌集」を見ながら、自由に歌う。
歌集には何百曲もの曲が書かれているのだが、ステージ上の歌のお姉さんとピアノのお姉さんは、
何でも対応してくれるらしい。そう!!この歌声喫茶には、たとえ知らない歌でも、歌を先導してくれる歌のお姉さんがいて、
しかも伴奏は生ピアノなのだ!!(しかもグランド)。
昔はコーヒーやジュースで歌ったそうだが、この日は夜も遅かったせいか、
各テーブルはお酒で盛り上がっていた。



こちらが歌集とリクエストカード


昭和の時代の歌集も大切に保管されていた


大野さんと一緒に!

「今夜はラジオの取材が来てくれましたよ〜皆さ〜ん!素敵な歌声を聴かせて下さいね!」

呷る姉さん・・・。何となく盛り上がってきたお客さん達。
入ってきた時よりも、心無しか歌声も大きいような(苦笑)
こちらでお話を伺ったのはオーナー大野幸則さん。
「うたごえ喫茶」そのものの歴史は、戦後復興の中で喫茶店のお客さんが勝手に歌い始め、
その歌声に周りが巻き込まれていった自然発生的な事から始まったという。
お客さんもオーナーも、本当にいい顔して歌っている。そして、例え知らない曲が流れたとしても、
歌集を見ながら周りの声に包まれ、自然に「歌えて」しまうのだ。
カラオケの自己満足な歌ではなく、そこにいる皆の歌声が歌を紡いでいく。まさに合唱。
お酒も入って、みんな気持ちよさそうだ。歌えない人のフォローも、お客さん同士でしっかりしている姿もあった。
そう、新宿なんだけど下町のおせっかい気質がここにはある。
21世紀にしっかりと残る「和(輪・我)を楽しむ心」を、新宿で見た様な気がした。

新しい路線で、古き良き東京の姿を垣間見る。
そこにいる人は、どこか清らかで、格好良かった。

「探さなくても出会えるもの」が今の世の中増えた気がする。
でもたまには「探さなくては決して出会えないもの」に触れる事も必要だ。

あなたの探しものは、ひょっとしたら、
どこかの駅の小さな町にあるのかもしれないのだから。

【地下鉄副都心線 開業スナップ】

2008年6月14日の副都心線開業に先立ち、前日の13日に新宿三丁目駅の副都心線ホームで
「東京メトロ副都心線開業記念式典」が行われた。式典には石原慎太郎東京都知事や、小池百合子代議士、
与謝野馨代議士など多くの著名人も参加しました。



開業前日の新宿三丁目駅ホームに
ズラッと並べられた椅子。式典1時間前。


会場のセッティングもバッチリ!
この真後ろにテープカットとくす玉開きの会場が
セッティングされている。式典も見たいけど
取材位置をキープする為に泣く泣く裏に回る事に
祝賀記念列車は、新宿三丁目から渋谷方面と池袋方面に同時に出発する。 既にホーム脇にスタンバイ中! 
開業記念のヘッドマークが輝かしい!


楽団の演奏で式典がスタート。
パネルの向こう側で式典が始まった


式典の後半、パネルが取り払われて
石原都知事などがテープカット
テープカットに続いて行われた、くす玉開き


祝賀記念列車の運転手に花束贈呈


副都心線では、ほとんどの駅にホームドアが
設置されている。安全面バッチリ!
副都心線用新型車輌の10000系は他の車両よりも天井が高い。
さらに車輌と車輌をつなぐ連結部分のドアが前面ガラス張り、網棚もスケスケ&椅子の下も開放的で圧迫感が少ない。


渋谷行きの祝賀記念列車に乗車してみた。
開業前で誰もいない明治神宮前駅のホーム!


渋谷駅に到着。すぐに折り返しなのでホームに
降りる事はできない。ちょっとくやしい!
ちなみに、このスペイシーな形の椅子は
真ん中が冷暖房の噴出し口になっている。


渋谷から折り返して新宿三丁目に戻るのだが…、 渋谷駅のホームの行き先表示板は、
ちゃんと「新宿三丁目」行きになってる! 開業後は「新宿三丁目行き」は設定されないので幻の行き先なのだ!
しかもホームには降りられないから気付いている人はほとんどいない

【さよなら「新線」!】

実は、副都心線開業と共に消えたものがある…。
副都心線は、和光市〜渋谷間の路線だが、和光市〜池袋間は有楽町線と同じルートを通る。そこで副都心線は、
有楽町線の列車の合間を縫う形で暫定開業していたのだ。副都心線という正式な名前が決まる前に暫定開業したので
路線名も暫定の「新線」。和光市方面から池袋止まりの列車が時々走っていた。
しかも「新線」の池袋駅ホームは有楽町線からかなり離れた場所にあるので、誤乗車を防ぐ為に「新線池袋」駅となった。
しかし今回、副都心線開業に伴って「新線」の名前も「新線池袋」駅も消えるのである。
開業式典が終わったあと、「新線」最後の日の面影を探しに出掛けてみた。



有楽町線の車輌で運転されていた「新線池袋」行き列車。 明日からは「新線池袋」行きは見る事が出来ない。
[西武線練馬駅にて]


新線池袋駅行きの案内表示板もこの日で見納め。
西武池袋線の駅には、西武の池袋行きと新線の
池袋行きがあった。 [西武線練馬駅にて]


副都心線用の新型車輛10000系の行き先表示は、
開業後に合わせて「新線池袋」ではなく
「池袋」行きになっていた。 でも開業後は、
「池袋」行きも最終列車1本しかなくなる。
昼間走る「池袋」行きに出会う事もなくなるのだ。
[西武線練馬駅にて]


新型の10000系の特徴は、この丸いフェイス!


「新線池袋」行きの10000系。[和光市駅にて]


「新線池袋」駅に東武線からの直通列車が到着。
明日から東武線の車輌も渋谷まで直通運転する。


「新線池袋」駅から渋谷方面を見る。
明日からこの先まで副都心線が走り出す


「新線池袋」駅のホーム看板。路線図は池袋までなのに、 上の駅名板は既に架け替えられていて、
となりの「雑司が谷」表示が!


ちなみに、副都心線が開業した翌日の同じ看板は…、
新しくなってる!


「新線池袋」駅で折り返していたホームの柱に
書かれている行き先は、
5番線も6番線もどちらも和光市・森林公園・飯能方面


翌日、同じ場所から同じ柱を見てみると、 5番線は新宿三丁目・明治神宮前・渋谷方面に!
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