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旅人 : 井門宗之

山手線命名100周年 東京一周ぶらり旅 
大崎〜五反田〜目黒編

     
 

さぁ、YAJIKITAファンの皆さんお待たせしました。
お馴染みの旅人、井門宗之でございます。長い旅日記で有名ですね。
あっ、別にこの序段をだらだらと書いて時数を稼ごうとか、そんな気はさらさらありません。
こうね、スッと旅日記本編に入る勇気が無い…というか、勇気がなぅ…と言うか(謎)。
お陰様で【山手線命名100周年のぶらり旅シリーズ】も、今回の大崎駅で5駅目になります。
*「まだ5駅か…」、とか言うの禁止。
前回のゴール【JR山手線大崎駅】が今回のスタートとなるわけで、
今回のぶらりはここから【JR山手線五反田駅】までのぶらり旅の予定なわけです。
【五反田】と言う名前は、何となく妖しくも魅力的な予感を孕みますね。色んな事の予感がある町。
そんな五反田へと向かう訳ですから、本当ならもっとこう…スッと行きたいんですけど…。

取材日は4月某日。
YAJIKITAの朝は早い、と言う訳でこの日もAM9時に大崎駅前に集合のYAJIKITA一行。
井門も必然、山手線に乗って集合場所へと向かう事になるのですが、
朝の山手線はやはりなかなかスムーズな移動が難しい。(混雑、信号トラブル、事故etc.)
この日も当然少々の遅れ(とは言えラッシュ時刻で10分程度の遅れなのだから優秀なんだろう)。
駅前で先に待つスタッフにメールを入れながら、人にもみくちゃにされながら、大崎駅に到着しました。

ここ大崎駅は現在も再開発が進むエリア。駅前には企業の本社も多く、朝からサラリーマンの流れが
止まらない。ちなみに本社のある企業を御紹介すると、ローソン、サンリオ、プーマJAPAN、
モスバーガーetc.であり、作家の久保氏はこの日も早朝からモスで腹ごなしをしていたと言うから、

オレ、大崎駅を満喫してる!」と言う前のめりな姿勢は流石の一言なのであります。





大崎駅のデッキで収録スタート!

さて今回も駅前で待機していたYAJIKITA一行は、Dの横山氏、作家の久保氏、カメラの慶吾氏、
そこに今回は慶吾氏のアシスタント古田君も加わって、井門を入れると5人にはなりますが、
まぁ相変わらずな面々。ところがです、井門が改札を出て威勢よく挨拶をするも、皆どうも元気が無い。


おいおい、このYAJIKITAはチームワークが大切なんだぞぅ!!(面倒見の良さそうな雰囲気で)


皆で朝からそんな暗い顔してどうするどうする!!(キラリとした笑顔を見せながら)


一体ぜんたい何があったって言うんだぃ??(ちょっと器の大きさを示しながら)


え…?


あぁ〜、なるほどね!(ポンと手を打ってみよう)


、降ってるのねぇ…。(チーン…。


リスナーの皆さんなら覚えていらっしゃるでしょう。
この【山手線ぶらり旅】、今までのロケのそのほとんどが【雨】でございます。
しかもお天道様はいたずらだ。この日の前日までは温かかったんですよ、東京も(涙)
どうもこれは神様がYAJIKITAに試練を与えているとしか思えない。
これだから雨男は…ブツブツ…】と言うつぶやきも聞こえてこない事も無いですが、それも無視!(苦笑)
とにもかくにも【大崎】から【五反田】へのぶらり旅は始まったわけです。


大崎駅はその歴史を紐解いてみると、明治34年に開業している歴史ある駅。
それから100年以上が経過した現在は、
JR東日本と東京臨海高速鉄道りんかい線の共同使用駅として営業しています。
JRの乗車人数だけでも1日におよそ12万人、めざましい発展を遂げている駅と言えるでしょう。
僕らが待ち合わせた駅舎の下を「山手線」や「りんかい線」「埼京線」が走っているので、
橋の上に駅舎がある…と言うと、何となくイメージがし易いでしょうか。
何せ駅の周りは見渡す限り(建設中の物も含めて)ビル、ビル、ビル。
大崎ニューシティ、ゲートシティ大崎、ThinkParkなどの高層ビルが入り乱れているんです。
足元をひっきり無しに走る電車と、沢山の高層ビル群。
ちなみに大崎は東京都が策定した7つの副都心(新宿、池袋、渋谷、上野・浅草、錦糸町・亀戸、臨海、大崎)の一つ。そりゃあ、栄えてるわけです。
しかしそんな近未来的な風景とは逆行するかの様に、我ら5つの傘は小雨がパラつく中、
ディープな大崎へとじわりじわり進んで行くのでありました…。

まず大崎駅の橋上駅舎を降りて新西口の方にあるThinkParkを裏側の方へ行くと、
それまでの近未来的な姿とは一転、ちょっと昭和レトロな風景が突如として現れます。
この辺りは明治時代から【京浜工業地帯】の一つとして栄えていた場所。
再開発される前までは、大崎駅近辺にも町工場が沢山建っていました。
その名残が、この辺りに昔から暮らす方々の住宅と共に、駅の裏手にはあるんですね。
マンションの1階にレストラン街と呑み屋街が設けられた【ニュー大崎店舗街】、
レトロな風情とリトルチャイナ、といった雑多な感じが何ともたまりません。
ロケがなかったら間違いなく昼間から一杯ひっかけたくなる様な、そんな場所。
ふと気が付けば、昭和の香り漂う住宅地に迷い込んだYAJIKITA一行でしたが、
見上げるとすぐ高層ビル群。「あぁ、ここはまだ大崎か…」と思い出すわけです。

物干し台のある日本家屋、軒先に立て掛けられた買物カート。
片付けを忘れたゴムボールと、雨宿りする野良猫。
雨の降る下町って、何だか少し懐かしい、良い匂いがします。
近未来が目と鼻の先にありながら、「捨て難い」と思う人が多いからこそ、
いつまでも大崎にはこうした風情が残っているのかもしれない。ある意味地元の方の想いなのでしょう。
そんな地元の方に愛される場所の一つと、我々YAJIKITA一行は出会いました。



『居木神社』
住宅街の路地の奥に突然設けられたかの様な鳥居、ここを目指し沢山の人達が歩いています。
最初は抜け道なのかと思いきや、ここが大崎っ子達に愛される神社『居木神社』の入り口だったんです。
目の前に現れた立派なお社、境内には立派な桜。背広姿の男性、年配の女性、取材したこの日も、
沢山の方々が静かに手を合わせていました。しっかりと地元の方々の祈りを受け続けている神社。
そんな場所が大崎の駅からほんのわずか入った場所にあったのです。

こちらの神社の御由緒は遡る事、江戸時代。公式HPから抜粋すると以下であります。

『ご創建の年代は明らかではありませんが、古い記録によりますと、
往古鎮座の地は武蔵國荏原郡居木橋村(現在の山手通り居木橋付近)に位置していたようです。
当時は「雉子ノ宮」と称され、境内には「ゆるぎの松」と呼ばれた大木があったと伝えられています。江戸時代の初期、目黒川氾濫の難を避けるために現在の社地に御動座されました。(略)』

今も昔も、この辺りを守る神様として地元の人に広く愛され、守られた神社。
我々YAJIKITA一行は社務所でこちらの禰宜:森田義巳さんにお話しを伺いました。
森田さんは神社の御由緒や、ご自身と神社の関わりについてお話しをしてくださったのですが、
更に我々の興味を引いたのが、こちらの大変珍しい「お神輿」の存在なのであります。

その名も…『御神宝 一刀彫神輿』…。

ほらほら、何だか非常に有難い感じが出てきたでしょう?
なかなか無いですよ、「YAJIKITAで有難い」なんて事は(笑)
森田さんのお話しでは社務所内にて拝見出来る、と言うので早速見せて戴く事に!


この御神輿の歴史を公式HPから抜粋させて戴くと、
『元の「い若会」(現在の居木橋町会)の人々が戦争前に多年の念願で発注された御神輿です。 戦後混乱期の中、元居木橋町会長小山和吉氏が相当の苦心を払い引き取られましたが、昭和五十三年居木神社御社殿の御遷座に際し、奉納されました。 これまでに、皇室の御慶事や伊勢神宮内宮御鎮座二千年祭、居木神社社務所竣工祭等、数々の奉祝行事に担がれてまいりましたが、現在では社務所に展示しております。写真の通り欅の古木一刀彫の見事な御神輿です。現存する御神輿では、古今東西に比類を見ない素晴らしい作品であり…』とあります。

間近で見ると、ちょっと迫力が違います。
普通我々が知っている神輿は、煌びやかで色んな飾りが付いていて、
まさに【祭りの象徴】と言った感じですが、こちらは【神事の象徴】と言った風格がある。
それもそのはず、現在はお祭りの時に担ぎ出されるのではなく、皇室の慶事などで出されるとか。
社殿の一角にありながら、神輿自体が静謐な空気を纏っている…。
これまで神輿をここまで意識した事は無かったんですけど、
この神輿はまさに【神様の乗り物】としての威厳がビシビシと伝わってくるのです。

そう言えば神輿について森田さんがこんな話をしてくださいました。

「お祭りの時は神社から神様を乗せたお神輿が氏子の家々を回るんですけど、
その時に担ぎ手は一所懸命に神輿をワツショイワッショイと振りますよね?
あれは【御魂を振る】と言って、【神様を揺さぶる事で人間も元気になる】と言う意味があるんです。
なので【祭り】とは、人間の生命力を発揮する場でもあるんですよ。」

『汗を流して神を担ぐ。』

それが生命力を発揮すると言う事であり、街を活気づかせるという事である。
僕はこのお話しに深く頷いてしまいました。今年の夏は僕も神輿を担いでみようかな。

さて居木神社を後にした我々YAJIKITA一行。
しっかりお参りもしてきたので、何となく皆の顔つきも精悍になっている…気がする。
やはりぶらり旅の途中で神社仏閣の取材を挟むと、旅に意味が生まれる気がするんですね。
だって神様に手を合わせる時って、何かの決意表明だったりするでしょ?

「就職が上手くいくように、お見守り下さい。」だったり、
「試験が上手くいくように、お見守り下さい。」だったり、
「恋が叶う様に、お見守り下さい。」だったり。



神職 禰宜の森田さんと一緒に!

なので僕がこの時に強く想ったのは「旅が上手く進むように、お見守り下さい。」だったんですが、
恐らく他のスタッフは全員「雨男が晴れ男になりますように」だったんぢゃないかと…。
はい、ぶらり旅、ここに来てもまだ、雨…止まず…。
気付けば大崎駅に戻ってまいりました。
そもそも大崎開発が始まったのは1987年に出来た、その名も「O(オー)歩道橋」から。
我々もその「大崎の始まり」を拝みながら、いざ山手線の内側へと向かったのであります。
この辺り、TOC大崎やニューオータニインの裏っ側を行くと目黒川沿いを歩くルートへと出てきます。
本当は4月のタイミングだと、運が良ければ目黒川沿い名物・満開の桜も拝めたのでしょうが、
そこは華の無いメンバーが揃ったチーム・YAJIKITA。取材日には綺麗に散っていたとさ…。

大崎駅の「O(オー)歩道橋」

さてこの【目黒川】、以前品川を歩いていた時にその名前が出てきましたね。
ここ大崎までのぶらり旅の時も、この目黒川の上にある「居木橋」を渡ってきたんです。
そして今回のぶらり旅、また作家の久保氏から「本日のテーマ」みたいな発表がされます。
(心無しかこの発表をする時の久保氏は嬉しそうだ…。)

久保「今回はなるべく目黒川沿いを歩く!!」

お・おぉ…。うん、そりゃ『ぶらり旅』だから歩くけど…。
どうやら久保氏曰く、目黒川には沢山の橋が架けられていると。それをジグザグ歩くのも面白いと。
ふむふむ、それなら早速その目黒川に架かる橋とやらを歩こうぢゃないの!!
スタートした橋は鈴懸歩道橋、そこからずんずん歩いて目指すは五反田なのであります!



「鈴懸歩道橋」


「鈴懸歩道橋」から見た目黒川

と言う訳で勇んで出発した【なるべく目黒川沿いを歩く】ぶらり。
この曖昧な感じもとてもYAJIKITAっぽくて徐々に馴染んできます(苦笑)
すると見えてきた橋が、欄干や橋げたが赤く色づけられた綺麗な橋:御成橋。

取材時刻は9時55分。
何やら久保氏と横山氏がソワソワし始めている。

井「綺麗な橋ですね〜。ここで何かあるんですか?」

久&横「実はタイミングが良ければ、この橋から放水される場面に遭遇するんだよ。」

井「ほほぅ。はたしてその時間とは?」

久&横「あと5分。」

絶妙っ!!!!

流石は長年YAJIKITAで経験を培ってきた二人。
ぶらぶらロケと見せかけながらも死角無し! 慶吾はもう興味無し!(苦笑)
実はこの御成橋、下水道局の再生水を9時〜21時の間で1時間に1回散水するんだとか。
それで目黒川の循環を良くして、川の水質そのものを上げているんですって。
今年晴れてエコ検定を取得した身としても、これはなかなか興味深い話。
時計をじっくりと見ながら午前10時の散水を待つYAJIKITA一行。
久保氏達の説明通り、確かに橋には水を吐き出す丸い穴がいくつも開いています。
橋と時計、その両方に視線を集中しながら、なおかつ水が出る音に耳を傾けながら…。

…するとっ!

水の音『シャー!!!』

きたきたきた!!
時刻はきっかり10時だ! 音もしてきた! さぁ、どうした!? どこから出てくる?

水の音『シャー!!!』

かなりの勢いで水が放水されてる音がするぞ! さぁ、どこなんだ?
むむむ? こっちの穴から出てない…?

一同『はっ…!!!』


逆だっ!!!



やれ急げ〜ってな事で、おっさん達は機材を抱えて向こう側へと回りこみ…。
何とか無事に再生水を目黒川に流している瞬間に立ち会う事が出来ました(笑)
御成橋に立てられた看板によりますと、この目黒川も昔は魚が棲めない程水質が悪かったとか。
それを行政や市民の努力、協力によって現在では鮎も棲める水質まで戻したと言うんですね。
汚すのも人間なら、それを戻すのも人間ぢゃなきゃいけない。
これは自分の周りでも同じ事が言えるわけで、
東京もしっかりと過去の自分達に目を向けられている証拠なんでしょう。
ちなみに夜の時間になると、この橋はライトアップされるみたいで…カップルの方、いかが?



「御成橋」の放水


「御成橋」から見た目黒川

さて御成橋を過ぎて更にずずいと歩くと、川の右手に何やら巨大な建物が!
これが有名なIMAGICA東京の建物なんですね。このIMAGICA東京では、
テレビや日本映画の編集や試写などが行われており、昔そんな業界にいた久保氏は遠い目をして、
「あぁ…懐かしいなぁ…」と涙ぐんでいたとさ。
久保氏曰く「20年前は山手線からでもこのIMAGICAが見えてさ、この辺りで一番大きなビルだったんだよ。今じゃこれよりも大きなビルが沢山建ってしまったけどね。」との事。
人に歴史有り。YAJIKITAスタッフに歴史有り。
山手線ぐるりの旅は【それぞれの想い出の地に、いつか辿りつく旅】でもあるのです。


そうこうしている内に、我々は五反田の繁華街へと迷い込んでしまいました。

『五反田の繁華街へと迷い込んで…』

えっ!? 大崎からまだちょっとしか歩いてないよね?
何々? この展開の早さ? TOTALで回してる横山氏の録音の尺、これぢゃ足りないでしょ?
ちょっと久保氏、何を誠実に山手線真っ直ぐぶらりしちゃってるの〜?
前は遠回りしまくって『レインボーブリッジを歩く』…なんて苦行も課してくれたぢゃないですか!
品川の時は山手線の旅ぢゃなくて、途中から『京急線のぶらり』になったぢゃないですか!

え? なに? あそこを見ろって?
ふむふむ…LP/CD、輸入雑貨、出来たてお弁当、鯛焼きのダ・カーポ…??
五反田の路地をちょっと入った所に物凄く雰囲気のあるお店の看板が見えてますけど。
そう、実はここが【ドラマチックな鯛焼き】を食べさせてくれる【ダ・カーポ】さんなんです。


僕はね、ガラガラとドアを開けてショートヘアーの店主:岩城由美さんを見た時、
「あぁ…ここは良い店だ」と思ったんです。何で?って言われても、直感でと言うしかないんだけど。
でもこういう時の直感は大体当たるんです。
そして、取材を終えて思うのは「あぁ…やっぱり良い店だった」って事なんです。
こちらは元々輸入雑貨なんかを扱っていたお店なんだけど、
いつからか、今は亡き御主人と鯛焼きを焼く様になって、
それが今では大人気になっているっていうんだから人生何が待っているか分からない。
分からないからこそ人生は面白くも悲しくもあり、その流れを楽しめるかどうかで、
その人の本質や人生の豊かさは変わっていく様な気もするんです。
それを思うと、こちらの岩城さんはきっと色んな事を楽しめる人なんじゃないかな、と思うんです。
勿論取材したわずかな時間しか話してはいませんが、店の持つ雰囲気やお客さんとの会話、
何より僕の質問に答える一言一言に「あそび」がある。




3種類の鯛焼き その中身は…ヒ・ミ・ツ!

ダ・カーポの鯛焼きのメニューに【鯛うどん】と言う鯛焼きがあるんですけど、
この鯛焼きには【秘密】がいっぱい詰まっているんですね。中身の写真も載せられません。
食べ方なんかも決まっているんですが(ちなみに普通の鯛焼きも食べ方がある)、
僕が食べようとしたら岩城さん、こう言うんですよ。

岩城「この鯛焼きにはね、ストーリーがあるの。」

僕はもう、この一言でやられてしまった。



店主の岩城さんと一緒に!

勿論その旨さは言う事ありません。食べ進めていく内に、感動する。
たかが鯛焼き、されど鯛焼き。僕の日常にはまだまだ工夫すれば良い事が沢山あるんだろうな。
数百円の鯛焼きを頬張りながら、刹那、自分の人生にまで想いを馳せられる鯛焼き。
五反田の【ダ・カーポ】で是非味わってみて下さい!! オススメ!



五反田駅前

さて…。
気付けば五反田まで来てしまったYAJIKITA一行。
確か【御成橋】では絶妙の取材タイミングに唸ったはずなのですが…、はてどうしましょ?
今回の【大崎〜五反田間】が何故にこんなにすぐ着いてしまったかと言いますと、
実は山手線の中でも、ここはかなり区間の短いゾーンなんですね。
距離にすれば900メートル位で、実際に山手線に乗ると1分半くらいしかかからない。
この日もまだまだお天道様は高い所にいらっしゃる(まぁ、天気は悪いんだけど…)
そんな時は一体どうするのが得策か!?


企画変更!!



こうなったらこのまま目黒まで歩いていっちゃいましょう(苦笑)
と言う訳で急きょ目黒駅を目指して歩く事になった【山手線命名100周年の旅】、
この辺りから実はYAJIKITAもう一人のD:佐々木氏も合流し、
人数だけは立派なチームYAJIKITAになったのですが、出てくる会話と言えば…。

「そういえば五反田ってあのモ●が撮られた…」
「僕、若い頃よく利用した…」
「×△pj-でさ、■#$の時に、s*÷\になっちゃって…」



五反田駅の真下を通る国道1号線


なぜか1本だけ満開の桜が!


不思議な空間の「マンション雅叙苑」


「マンション雅叙苑」の長〜い階段!

目黒川沿いの風情ある景色とは裏腹に、やけにトークが俗っぽい。
それでも桜の余韻残る道を歩いていると、何やら不思議な風情のマンションが現れました。
マンション名をよく見てみると、【マンション雅叙苑】とある。
そう、ここは昭和45年に完成をみた高級マンションの先駆け【マンション雅叙苑】だったんです。
いわゆるヴィンテージ・マンションと言うやつでありますが、この東京大都会の真ん中にあって、
マンションの敷地内の緑の多い事と言ったらありません。しかも急な石段は神社仏閣のそれを彷彿とさせ、石造りの渡り橋なんかも備え付けてあるわけです。目の前には目黒川と無数の桜の木。
このマンションから桜なんか眺めたら最高だろうなぁ…なんて束の間の妄想を楽しんだ後は、
我が国最初の総合結婚式場となる【目黒雅叙園】についに到着なのです!

はっきり言ってその広大な敷地面積には驚かされました。
昭和3年に完成したと言う日本初の総合結婚式場は、とにかく豪華!
ところが当時、一般庶民でも贅沢な結婚式を…という趣旨のもとに建てられた為に、
ここは広く庶民にも使用された結婚式場だったんですね。
我々YAJIKITA一行もその存在感に圧倒されながら、少しだけ緊張しながら、
雅叙園の広報御担当:千葉奈穂美さんに館内を案内していただきました。



絢爛豪華な「和室宴会場の玄関」

古くは【昭和の竜宮城】とも言われた目黒雅叙園ですが、
取材したその日も沢山の幸せそうなカップルで園内は賑わっていました。
入り口を入ると過去の雅叙園の広さを物語る絵地図がかけられているんですが…、
もうですね、これは一つの村と言ってもおかしくないくらいの広さなんです…。
現在は当時と比較するとその規模も小さくなったとは言いますが、いやそれでも大きい。
館内はリニューアルもしてはいますが、当時の趣を感じる調度品の数が夥しい。
天井も壁も、床もはてはトイレにいたるまで、見る度にため息が出てしまうわけです。



昭和15年当時の目黒雅叙園俯瞰図

実は雅叙園に到着する前に一度YAJIKITAの隊列を離れていた慶吾氏。
本体とは雅叙園の館内で落ち合ったわけですが、慶吾氏が僕の顔を見るなり言うわけです。

慶吾「井門、ヤバい。ここのトイレ…。俺の生涯No.1だ…。」

あろう事か、僕らの取材前に体験取材してしまった慶吾氏(一児のパパ)。
しかしその表情はどこか恍惚としている…。
その表情を見た他のメンバーもふと思う…「そんなに良いのか!?」…。

千葉「あぁ、再現化粧室の事ですね♪」

そうなのだ! 目黒雅叙園1階にある化粧室は、旧目黒雅叙園でも名所と呼ばれた化粧室を改良し、
豪華絢爛な細工を施して再現した「日本で一番」特別な化粧室…と言っても過言ではないのである!
僕らも中を取材させてもらいましたが、川が流れてる、橋が架けられている、螺鈿細工が施してある、
もうとにかく『和の粋を化粧室に閉じ込めました!』的な空間が広がっているのだ!



「再現化粧室」の入口


そして男子化粧室の中は…朱塗りの橋が!


せっかくなので個室の中も覗いてみると…


広っ!!

他にも「目黒雅叙園、初めて物語」(笑)の中には、
あの中華料理の回るテーブルの発祥が、中国ではなく雅叙園だとか、
使用されている螺鈿細工の多さから、目黒雅叙園で当時使用された漆の総使用量は7トンにもなり、
これは当時の漆の年間使用料の2倍だったとか、もうスケールも話題もいちいち凄いんです(笑)

そんな僕らは特別に、昭和10年に建てられたまま保存されている、旧3号館へ入る事を許されました。
ここは東京都の指定有形文化財になっている、『百段階段』がある建物。
欅の板材で作られた99段の階段廊下を持つ事から、その名がついたと言うのですが、
階段廊下を昇る途中には歴史ある7つの個性豊かな部屋が、まるで建物全体を守るかの様な存在感で、
迎えてくれるんです。

「十畝の間」「漁樵の間」「草丘の間」「静水の間」「星光の間」「清方の間」「頂上の間」。



「漁樵の間」にて
「清方の間」
「頂上の間」


千葉さんと一緒に!

床柱は100年を超え、天井や欄間には名匠達の魂の込められた細工が施され、 その部屋が持つ個性と、まるで静かに迫ってくるかの様な存在感には形容し難い迫力があります。 もはやこの部屋を現代に再現してみよう、と言ってもこれだけの技術力を持つ職人がいないとの事。 昭和初期の日本の技術、残念ながら一般公開はしていないのですが、 特別展示等で観る事も出来る様なので、 興味のある方は是非、目黒雅叙園までお問い合わせ下さい。

さて、雅叙園を後にした我々のゴールはもうすぐそこ!
雅叙園の横を久保さんに促されると、そこにはあの御殿山を彷彿とさせる急坂が!
この急坂が最後の難所「行人坂」!
行人坂の名前は、坂の南側に位置する大円寺に由来しています。
江戸初期・寛永年間(1624年)、この付近で住民を苦しめていた悪人どもを放逐するため、
江戸幕府は奥州(山形県)湯殿山より高僧行人・大海法印を勧請して寺を開きました。
法師は悪者どもを一掃し、その功績で、寺には「大円寺」の寺号が与えられました。
寺には大日如来堂が建立され、多くの行人たちが周辺に住み修行するようになったため、
「行人坂」と呼ばれるようになったと云われています。
江戸時代の行人坂は、目黒不動と周辺地域とを結ぶ「目黒道」の一つで、
江戸町中から目黒不動を参詣し、池上本門寺へ至る主要道路の途中に位置しています。

さぁ、僕らは御殿山でもぜいぜい言っていたオッサン軍団。
この坂をしっかり昇り切れるか? そんな想いで、目黒までの道のりを思い出しながら昇りました!
そして辿りついたJR目黒駅! 駅前の賑わいはまたちょっと今までとは違う。

よくよく考えたら、今回の旅は居木神社、たい焼き、目黒雅叙園と、めでたいつながりだった。
気付けばめでたい感じになっているなんて、YAJIKITAの幸先も良いってもんです!
そして次回の旅は、さらに名前がめでたい『恵比寿』駅を目指す旅です。
さぁ、一体どこまでめでたくなれるのか?(笑)

でも今回のぶらりを終えたスタッフの顔も、僕の顔も福々しい気がするのは気のせいでしょうか。
まだまだ東京探訪の旅は続きますが、この辺から都心に入っていくYAJIKITA。
今度はちょっとお洒落して、恵比寿に向かうぞ〜!!

お約束ですから、万歩計の歩数をチェックしましょう!
ここまでの歩数は、8682歩。3.47km歩きました〜!!



今回のオフショットは、目黒雅叙園の再現化粧室で!
タイトル「せっかくなので、してみた!」

※(注)使用している写真は、ロケ当日に撮影したものだけではなく、
事前のロケ下見時のものや、追加収録ロケ時のものも含まれます。