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旅人 : 井門宗之

山手線命名100周年 東京一周ぶらり旅 
目黒〜恵比寿編

     
 

東京は早朝からシトシトと雨が降っている。
井門の暮らすマンションからも、窓ガラスを通した景色が滲んで見える。

「宗之さん、雨なう。」

そうだね、雨なうだね。
でも妻よ、今日はロケ当日なんだ…。なうんだ。

はいっ、皆さんご機嫌いかがですか? 毎度お馴染みの旅人:井門宗之でございます!!
【山手線命名100周年東京一周ぶらり旅】シリーズも『目黒〜恵比寿編』となりました。
リスナーの皆さんならお気づきでしょうけども、今回も…【雨】です(苦笑)

う・うん…、もうこうなったらこの天気を逆手に取る事にしよう。
YAJIKITA的にはですね、このぶらり旅を通じて、
【YAJIKITAと同じルートで東京回ってみようかなぁ…。】と皆さんに思わせたい!
そんな野望が実はメラメラとあるわけなんです。

でも旅って、いつも天気が良いとは限らないぢゃないですか!
やはり人生も天候も最悪を想定しておけば、いざと言う時に間違い無い!
その為に我々はいつも最悪な天気の中をロケしている、と。
雨の中でも楽しめる旅なんだから、晴れていたら数倍楽しいに決まっている、と。
そう思って回らなきゃやってられないぜ、べらんめぇ、と…。

と言う訳で【べらんめぇ】な顔をして待っているYAJIKITAスタッフ達と、
今回はJR山手線目黒駅前で待ち合わせをした旅人:井門宗之。
何故だろう、プロデューサーに就任したと言うのに肩身が狭い(これが中間管理職か…)。



しかし狭い肩身とは裏腹に、この目黒は実に広く発展している駅なのであります。
2000年には東急目蒲線が目黒線と多摩川線に分割され、
更に言うと目黒駅が起点の目黒線には地下鉄南北線と都営三田線が乗り入れるようになりました。
要は巨大ターミナル駅として目黒は確固たる地位を築いているんですね。
全てを合わせると何と1日およそ50万人の乗降客が、ここ目黒を利用しているそうです。
そしてこの目黒、JRの駅の辺りに立つと分かるんですが周りに坂が多いんですね。
有名なのは西口の【権之助坂】。
これは目黒の名主である菅沼権之助さんによって開かれた坂ですし、
その横には前回登ってスタッフ全員で「ぜぃぜぃ」言った【行人坂】があります。
こんな風に丘の上に目黒駅が出来たのには理由があって、
本来この目黒駅は丘の下の目黒川沿いに作られる計画だったんです。
ところが「蒸気機関車なんか走ったら、農作物に悪影響ぢゃ〜!!」と言う、
地元農民の反対運動が起こり、当初の計画を変更し丘の上に駅を造らざるをえなかった、と。
(目黒駅追上事件)

そんな事があったからか、駅名は目黒駅なんだけど、
場所は目黒区じゃなくては品川区にあるんです。
だから皆さんご存知の【目黒のさんま祭り】は品川区の祭りなんですね〜。
でも安心して! ちゃんと目黒区でも「サンマ」に因んだお祭りは開かれています!


それが【目黒SUN祭り】。



あっ、今「何だかなぁ〜」って思ったリスナーさんを数名確認しましたが、
この二つの祭りにはしっかりとした違いがあるんですよ。

品川区側の【目黒のさんま祭り】で使われるサンマは岩手県宮古産

目黒区側の【目黒のSUN祭り】で使われるサンマは宮城県気仙沼産

…うん、やっぱりサンマは東北産に限る、と(笑)
ちなみに今回の旅の目的地でもある恵比寿では【となりの恵比寿サンマ祭り】も!
ヨネスケ師匠か…と言う突っ込みはいいとして、そんな事を思いながら、
本日のぶらり旅も放送作家の久保氏に万歩計を渡され、スタートしました!

雨の目黒駅前とは言え、当たり前の様に人は多いわけです。
道往く人達の傘を避けながら歩いていくと、目黒駅から数十メートル程の所に雰囲気の良いお店。
何やらコーヒーの良い香りが店全体から醸し出されています。
そして香りだけじゃなく、雰囲気までもが何やらただならぬ良い感じ…。
よく見るとここは「町の喫茶店」と言った風情なんですね。
見上げると、入り口の上に横長に「どーん」と構えた木製の看板。
縁には彫刻が彫られていて、真ん中には浮き彫りで【Kaffee Eins】の文字がある。
町の喫茶店なのは分かったんですが、一体これは何語なんでしょう??
雨で少々冷えた身体をまずは温めようと、YAJIKITA一行は店の中に入っていきました。


中に入ると店内は真ん中と壁に沿うようにテーブル席が並んでいます。
間隔も取られているので、割とゆったりと出来そう。やはり雨宿りのお客さんで賑わう店内!
そして勿論、こういうお店には欠かせないL字のカウンター!
中では店主が真剣な表情でコーヒーを淹れています。
…ちょっと怖そうな雰囲気だなぁ…なんて思いながら(失礼)お話しを伺ってみました。





こちらの店主は杉本喜章さん。
聞けば平成10年にリニューアルして名前は変わったのだが、その前からこの地にあるので、
かれこれもう40年近くこの場所で喫茶店をやられているそうな。
まず僕らが驚いたのは、そのメニューの豊富さ。
もちろん良く知っているブレンドから、見た事がない名前のものまで、
しかもその味の特徴もしっかりと分かるようになっているんです。種類だけでもなんと150種類位。
…むむむ、これはこの店、只者ではない…。思わずそんな事を思いました。
そしてその考えは、杉本さんのお話しを伺っている内に確信に変わっていったのです。

杉本さんは、店に来たお客さんの顔をまず見る所から仕事を始めるんだそうです。
【体調悪そうだな】と思ったら軽めに淹れて、【眠そうだな】と思ったらキツいのを淹れる。

『僕は…実はお客さんの表情を観察してるんです。
この通り、あんまり愛想が良くないんだけど。
でもそれは真剣にその人の為にコーヒーを淹れているからなんです(笑)』

杉本さんはこうも続けてくれました。

『僕の師匠にあたる人がいてね、もう亡くなっちゃったんだけど。
その人はふらりと店にやってきて、例えば「今日はあれを何粒と…あれを何粒と…」とかって
豆の数を指定してくるんだ。その味を覚えていって、豆の数でどの位微妙な味の差が出るかを学んで、それが今の自分に繋がっているんだと思います。もうさすがにお客さんのオリジナルブレンドの全てに応えられなくなっちゃったけど。』




僕が自分の好みを伝えると、店主は「はいはい」とごくごく軽い感じでカウンターの方へ。
沢山置かれたコーヒー豆の中から僕が伝えた味の好みに近い種類の豆を、
それはもう細かく選んでいる。そしてお湯を注ぐそのリズミカルな事といったら、
何かの楽器で音楽を奏でているかのようなのだ。
一人ひとりのお客さんの為に、自分の全神経を使って淹れてくれる一杯のコーヒー。
決して安くは無いですよ。
でも確かな味と、これまで味わった事の無いような満足感が待っている事は間違いないんです。
お客さんの中には【本物のコーヒーの味を教えたい】って言って、
自分の子供の誕生日には必ずここで子供に【本物のコーヒー】を飲ませるお客さんもいるとか。



杉本さんと一緒に!

「美味しいです。」と伝えた時、深い皺の刻まれた店主の顔がパッとほころんでね。
その一言の為に全神経を費やしているのだろうなと思うと、安心しました。
何故安心したかは、上手く言えないんだけれども…。

さて、冷えた身体をまずは温める事から始めた甘えん坊のYAJIKITA一行。
ぶらりをする前にしっかり寄り道したわけですが、その気持ちも分からないではないのです。
自分で旅をしていて、【分からないでもない】ってのはおかしいですが、
いえいえ、この日のスタッフはD:横山氏も放送作家:久保氏も何と…、



手袋持参(苦笑)



よっぽど前回の『大崎〜五反田〜目黒』の旅の寒さが堪えたんでしょうねぇ…。
ロケ日は4月末だったので、もう桜も散っております。
都内はこれから新緑を濃くしていって、梅雨の前の一番良い時期に向かうはず…なんですが(涙)
ちなみに5月生まれの井門は、やはり4月末から5月にかけてが一番好きです。
いや、好きでしたが…山手線のロケが雨ばかり続くと…むぅ(苦笑)
スタッフは手袋持参、レポーター兼プロデューサーはカイロ(人数分)持参の今回のぶらり、
早速目黒をスタートして歩いていると、あの会社を発見!
カメラマンの慶吾氏がここぞとばかりに連呼している…。



ホーチキ株式会社!!



この通りには右も左もホーチキ株式会社のビルが!

いや、今回は取材するわけではないので、会社の横をするりと抜けてきましたが…。
でも皆さんご存知でしたか??
この【ホーチキ株式会社】が日本で最初の火災報知機メーカーなんですよ!
公式HPの社長のコメントの中にも、

『ホーチキ株式会社(旧:東京報知機株式会社)は1918年(大正7年)当時の東京市のご発案で、日本の名だたる損害保険会社様13社と生命保険会社様3社のご出資により設立された大変公共性の高い企業であります。わが国で最初の火災報知機メーカーとして創業し…(略)』

と、あるわけです。
いずれ我々YAJIKITAも100年後くらいに言われてみたいもんです。
『YAJIKITA ON THE ROADは日本で初めて、山手線のニッチな情報を集めながら、数年かけて一周し、その情報をOAし続けた非常に稀有なラジオ番組である。』みたいな(笑)
って言うか大丈夫かなぁ。この番組がちゃんとOAされている内に、山手線一周…。
人気が無くなってきたらホーチキが鳴る…みたいな機械、売ってないかね…ブツブツ…。
改編の波に飲まれない様に、細々とやっていきますので、皆さんどうか応援して下さい(苦笑)

ホーチキを抜けて歩いていると、山手線の線路が見えてきます。
目黒から少し歩いて山手線の線路沿いにくると、もうこの辺りは閑静な住宅街。
車通りもあまりなくて、あるのはちょっと高級そうなお家になってくるんです。
そしてここに来てようやく我らが作家:久保氏のテーマ発表!

 

久『今日はですね…、山手線沿いを歩く!


ふむふむ。久保氏よぅ、前回は『目黒川沿いを歩く』だっただろぅ?
それで何かい? 今回は山手線沿いを歩く? そろそろ枯渇してきたんぢゃないかい?(笑) 
そんな突っ込みを入れてみたんですが、久保氏も横山氏も泰然としている。

…何か珍しい物でもあるのだろうか…?

そんな事を考えながら、でも僕はね「この旅が豊かになる様に」と話し始めたわけですよ。


目黒と僕


って言う、まさに受験期の井門の聴くも涙、語るも涙の想い出話をさ。
なのに、『いざこれから!!』と言う時になって、
「今日は山手線の中でも珍しい景色を見に行くよ。」と遮る強引なスタッフ。
*【目黒と僕】についてはいずれ語る時も出てくるかもしれません。



白金桟道橋から見た山手線E231系

さて気を取り直して、まず山手線の線路の上に架かる橋「白金桟道橋(跨線橋)」へ。
確かに珍しいのは、僕らの股の下を埼京線や山手線がビュンビュンくぐり抜けていく!
こりゃ、ちょっと面白いわけです。確実に【目黒と僕】より面白い(苦笑)
しかしね、ラジオでOAを聴いていただいた方の中でも、
マニアなYAJIKITAファンは分かってくれたかなぁ…。
下を通る山手線を見た『E231系は屋根の上がツルンとして綺麗なんですよ。』
という久保氏の発言に対して、


乙女の背中みたい!



と僕が気のきいたコメントを言っているにも関わらず、
鉄っちゃんの久保氏は電車に夢中で、何の反応も示してないんだもの(笑)
旅人が喋ってるのに無視なんて、そんな番組聴いた事ありませんよ(笑)
確かにクーラーとパンタグラフ以外に何もないE231系は、スッキリした車体だけどさ…。

久保氏『あっ、今度はスーパービュー踊り子号! ここでこれは珍しい!』

もう分かったから…(笑)
興奮する久保氏を抑えながら、今度は山手線には珍しい踏み切りがあると言う場所へ。
とは言え、山手線の踏切は1周34.5km、29駅中、
【田端〜駒込間】にある「第二中里踏切」の1つしか無いわけです。
これはこの【ぶらり旅】がスタートした時に久保氏に教えて貰ったので覚えているんですが、
だとすると【目黒〜恵比寿間】にある踏切って、一体なんだろう…。


山手線沿いを歩く今回のYAJIKITA。
目黒から恵比寿へと向かう途中、目線で言うと横下に確認出来ていた山手線が、
少しずつ僕らと同じ目線になっていき、いつの間にか僕らの上を走る様に…。
そうこうしていると、どこからとも無く聞こえてくるんですよ。
(ここから稲川淳二風に)

カンカンカンカン…。

なんだろうなぁ、僕はね、その時、不意に不思議な気持ちになったんですよねぇ。
こんな場所でね、しかも山手線の沿線ですよ。そんな場所で踏切の警報機の音がするわけが無い。
おかしいなおかしいな、と思って耳を澄ますとね…、

カンカンカンカン…。

やっぱり聞こえてくるんだ。しかもそんなに遠くない場所からですよ。
近いな近いなって思っていたら、古〜い石垣が現れてね。ポッカリとトンネルが開いてる。
何の気なしに、ぼんやりトンネルの方を見ると…、

 

うわぁ!!!!



アタシは慌てましたよ、信じられない光景が目の前に横たわっていたんだもの。
山手線ですよ、皆さん。2分に1回電車が来る路線だ。それも上下で運行してる。
その路線に何と【踏切】があるんだもの。これには流石のアタシも驚いた。

さて、おふざけはこの位にして、と…(苦笑)
実は山手線は、この場所で【山手貨物線】との位置が左右逆転するんです。
なのでこの踏切は山手線では無くて、【山手貨物線】の踏切と言う事なんですね。
ただし、昔はほとんどが貨物しか走っていなかった【山手貨物線】も、
今や埼京線や湘南新宿ライン、成田エクスプレスなどが走るようになって、線路も大忙し!
最近は、この踏切も頻繁に鳴るようになってしまった為に、将来はなくなるかもしれません…。





この先が目黒駅方面

先述の踏切(名前は「長者丸踏切」と言いますが)から少し路地に入ると、
その先はいよいよお洒落スポット【恵比寿ガーデンプレイス】。
何てったって、井門が妻と最初にデートした記念すべき場所ですから(照)
僕にとっても思い出深いエリアにいよいよ突入…となるわけです。



裏からやってきた「恵比寿ガーデンプレイス」

ちなみに元々【サッポロビール】の工場があった場所に、
1994年オープンした【恵比寿ガーデンプレイス】。
「よく名前は聞くんだけど、ここって一体どんな場所?」と言うと、
要は平成になってからの東京の都市再開発商業施設なんですね。

ショッピングモールをはじめ、サッポロビールの本社、三越、映画館、東京都写真美術館、
ウェスティンホテル、オフィス、マンション、UR賃貸マンションなどが入っている、と。
*昔渋谷を歩いていた時に、女子高生が【恵比寿ガーデンプレイス】を略して、
【エビガープレ】って言っていたのが、今でも忘れられません…。





そしてこの【恵比寿ガーデンプレイス】の中にあって、今年2月リニューアルオープンしたのが、
何を隠そう井門も大好きなBEERの記念館である…



ヱビスビール記念館】!!


もうね、入るとすぐ入口には沢山のヱビスビール缶を集めて作った大きなヱビス缶でしょ、
目の前にはすぐ下りの階段が待っていて、大学の教室のようにすり鉢状に見下ろす事が出来る。
真っ直ぐ降りた先には玉ねぎ型(と言ったら良いだろうか)のビールの銅釜。
ボルドーを色の基調としたまさに『大人のビアホール』と言った佇まい。
サッポロビールの広報ご担当:大登貴子さんにお話しを伺った。

こちらではヱビスBEERの全ての歴史を見る事が出来るツアーに参加したり、
ツアーに参加しなくてもここでビールを堪能する事も出来ると言うではありませんか!
しかもツアーに参加すると、銅釜の後ろにあるバーカウンターのあるステージ上で、
しっかりと美味しいヱビスビールを飲む事が出来るって言うぢゃない!
大登さんの話を聞いているだけでも、何だかチームYAJIKITAはソワソワしている。
何せ【打ち合わせ】のほとんどを呑み屋でやりたい! って言う輩が集まったチーム。
【仕事だから】って理由があれば、みんな喜んで飲むに違いないわけです(笑)


スタッフ『お〜い!! 早く来いよ〜!!

 

あ、もうツアーのスタート地点の方に行っちゃってるよ…。
愛すべきどうしようもないスタッフ達を追いかけて、
こちらのブランドコミュニケーター:沖田真理子さんのガイドでツアーはスタートしました!

このツアーはまず『恵比寿麦酒の歴史』から始まります。
ブランドが出来あがった歴史、その当時のラベル、価格、時代背景、etc.
沖田さんの解説を聞くにつれて、徐々に恵比寿の歴史が体系的に頭に入ってくるわけです。
それが大好きな恵比寿麦酒の歴史、というのなら尚更でございまして…(笑)

恵比寿麦酒の歴史を見てみると、発売が開始されたのは1890年と言います。
当時はやはり高級品だったそうで、分かり易い価格比較をすると、
1894年当時で何と「恵比寿瓶1本=かけそば10杯」だと言うから今の価格で1本3000円。



1890年(明治23年)に発売されたヱビスビール


コルク栓だった頃のヱビスビール

更に言うと昔は栓抜きの技術が無かったので、ビールの瓶はコルクで閉じられていたんですね!
発売開始から10年が経った1900年にはパリ萬國博覧會で金賞を受賞。
1904年にはセントルイス萬國博覧會でグランプリを獲得…と、
当時ヱビスビールは間違いなく日本を代表するビールだったのです。
しかしその後、戦争がはじまり、1943年にはビールが配給制となり、商標も【麦酒】に統一。
この時点で一度『恵比寿麦酒』と言うブランドはこの世から姿を消してしまうんですね。
記念館で解説してもらって実際に当時の瓶を見ましたけど、味気なかった…。
戦争はこの世のありとあらゆる娯楽を奪い去ってしまうわけです。
その後1971年、28年振りに復活した【ヱビスビール】は、一時販売の落ち込みがありながら、
グルメブームの時に漫画【美味しんぼ】で取り上げられ、再びその価値と人気に火が付いた、と。



万国博に出品したヱビスビール


ブランド名が消されたラベル


「美味しんぼ」で紹介されたヱビスビールとソーセージ

【恵比寿麦酒】がどれだけ愛されていたかを知りたければ、恵比寿の駅に行ってみて下さい。
そしてじぃ〜っと駅名が書かれた看板を見て下さい(笑)
この街の駅名が【恵比寿駅】というのは、実は恵比寿麦酒の工場があったからなんです。
そうです! ここはビールから発展していった街と言っても過言では無いのです!!



恵比寿停車場

沖田さんの心地良い解説のリズムに乗りながら、ヱビスの歴史に思いを馳せた我々。
沖田さんに促されるまま、ついに正面のステージの上で、いざビールタイム! なう。
案内されたテーブルの上には【ヱビスブランド】のビールに使われているホップが。
なるほど、これを使ってあのコクのあるビールが出来るのか、と感心していたら…、

 

沖田『お待たせいたしました〜!』

 

キターーーーーー!!!!!

実はこちらのツアーに参加すると、最後に2杯のグラスビールを飲む事が出来ます。
業務用(現在、飲食店以外の一般発売はしていないらしい)の【琥珀ヱビス】と通常の【ヱビス】。
しかも専用のサーバーから専門のスタッフが気合いを入れて注いでくれるんですもの、
これが普通に飲む【ヱビス】だと思ったら大間違いですぜ、旦那。

見た目にも美しい二杯のビールを飲むと…はぁ〜…もう…この感動ったら…至福…。
出来れば皆さん、東京観光に来た時はこの【ヱビスビール記念館】に来て下さい!
たっぷりのツアーを楽しめて丁寧なビールも飲めて、なんとなんと大人1人…、

 

\500

 

キターーーーーー!!!!!



ビールの注ぎ方を伝授中!


上手に注ぐと、こんなに泡が立つんです!!


大登さん 沖田さんと一緒に!

これはもう、『お得!!』としか言いようがありません!
広報の大登さんは【500円で安いと思われる様に頑張ります】と仰っていたけど、
いやいやいや、これは安過ぎるくらいだと僕なんかは思うけどなぁ。
でもあんまり【安い!】と強調すると値段が上がる可能性もあるからヤメとこ(苦笑)
最後に沖田さんにはお家での美味しいビールの注ぎ方を教えてもらい、
大登さんには【シルクヱビス】をお土産でもらいすっかりホクホクの井門。

しかしこれだけの歴史があって、沢山の人達の思い入れがあって、
何年も何年もかけて改良に改良を重ねてきているビール。
それを想うと『とりあえずビール!』なんて失礼なのかなぁ…と思ったりもしたんですが、
それはあくまでも頼み方であって、『取り敢えずでも』出てきたビールを、
喉を鳴らしながらゴキュゴキュっと飲み『ぷは〜、旨い!!』って言えたら、
それがビール造りに携わる方々への一番の敬意の表れなのかなぁ、とも思ってしまいました。

薫り高いヱビスビールに包まれて、すっかり気分が良くなった井門宗之。
ただでさえお酒を楽しむ場所が多い恵比寿において、
ちょっとエンジンがかかった状態の井門ほど危険な物は無い…ような気がします。
そんな井門を筆頭に、チームYAJIKITAはガーデンプレイスを出てすぐの所にある
山手線等の線路の上に架かる橋に出てきました。
今までこの橋をしっかり注意して見た事は無かったんですが、
実はこの橋、通称:アメリカ橋と言いまして狩人のヒット曲のモデルになった橋。
…と言われても昭和52年生まれの井門にはピンとこない…。
いやいや、ヒット曲のモデルだから『アメリカ橋』と言うのではなく、
米国セントルイスで開催された1904年の万国博覧会に展示されていた橋だからなんです。
1906年に当時の日本の鉄道作業局が買い取って輸入したものが、
そのままここ恵比寿の地に架けられている、と。
さらに言えば当時この橋は、鉄製の橋のモデル橋だったようですよ。

この橋の上からも、股の下をくぐる様にして走る山手線を眺め、
スカイウォークから一路、恵比寿駅西口へとやって参りました。
本来ならここで〆のコメントを収録して、はい終了! なんですが、
やはりビールでエンジンのかかった井門宗之を止める事は出来なかった様で…(笑)

今回の旅の最終目的地であるのは、このお洒落タウン【恵比寿】の中で、
なんと昭和レトロを堪能できるというBAR!! その名も【えびす駄菓子バー】へ!
こちらは西口から歩いて5分程度の場所にあるのですが、入口からして楽しそう。
赤ポストやバス停のレプリカ、懐かしい物だらけで溢れた駄菓子バーなんですが、
冷静に考えると…そもそも【駄菓子】で、【バー】??



中を覗くと別世界が!

店に入ると駄菓子屋さんの中に迷い込んだかのような雰囲気。
籠に入った【うまい棒】がぶら下がっていたり、小さく仕切られたケースの中に梅ジャムや、
モロッコヨーグルが所狭しと収まっていたり…。
壁にはトタンが打ちつけられていて、棚の上には真空管TV、ぶら下がるのは裸電球。
あぁ…何だか懐かしい駄菓子屋さんの雰囲気だなぁ…と思って壁を見ると、
しっかりとした居酒屋メニューも書いてあって、呑み屋さんなのを再認識するわけです。

店長の近藤さん曰く、年配のお客さんは【自分と駄菓子】の話に熱が入り、
若いお客さんは目を輝かせながら駄菓子を選ぶのだと言う。
そう、この店はチャージで500円を払うと、店内の駄菓子が何と…


食べ放題なのだ!!



モロッコヨーグル〜〜〜〜ッ!!


近藤さんと一緒に!

僕らも【蒲焼き三太郎】や【うまい棒】でオススメのラムネサワーを戴きました。
文房具屋さん、乾物屋さん、煙草屋さん、どなたでも思い描けるであろう、懐かしい商店街。
これを恵比寿駅西口では見る事が出来ます。バブルの頃はマスコミ関係、業界関係の人間がこの街で暮らす事を一つのステータスとしていた【恵比寿】。
しかしここには昔ながらの下町の雰囲気もしっかりと根付いている。
だからこそ、この街で飲む【ラムネサワー】の味は格別だったりするんです。

浅草・上野なんかがこってり濃い味・醤油味の東京だとすると、
山手線を今度は西側に回ってみると少しだけその味がまろやかに変化していく気がします。
それはきっと、古き良き時代の物も残しながら、ガーデンプレイスや高層マンションが出来る事で、
新しい時代の物が足されて少しずつ薄まっていくからなんでしょう。
そしてこの薄まり具合も東京ならでは、な感じもするのです。

今回のぶらり旅【目黒〜恵比寿】まで、8353歩。3.33km歩きました。
ちなみに、消費カロリーは、287.5kcal。

次回の【ぶらり】はいよいよ渋谷です!
21世紀の若者の街で、我らYAJIKITAは何を目撃するのか!?
何となく皆、ぐったりして帰ってくるのか?(笑)
井門の旅日記はもっと短くなるのか?

次回の放送予定はまだ未定でございますが、
どうか渋谷を歩くオッサン珍道中もお楽しみに!!

今回のオフショットは、目黒〜恵比寿間で見つけた鋭角な家!
タイトル「ショートケーキじゃありません!」

※(注)使用している写真は、ロケ当日に撮影したものだけではなく、
事前のロケ下見時のものや、追加収録ロケ時のものも含まれます。