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旅人 : 井門宗之

正しいお伊勢参りをしてみよう! 
-そうだ、伊勢、行こう。-

     
 

A:ねぇねぇ、知ってる? 井門も33歳になったみたいだよ。
B:ははぁ〜ん。だから最近の旅日記にキレがなくなってきたのか?
A:そうそう、YAJIKITAに出始めた頃はまだ27歳くらいだったから。

B:6年経つと、井門も衰えるというわけか…。


33歳になった誕生日当日。今年の5月14日は金曜日でございました。
昼の生放送【デイリー・フライヤー】を終えた井門は、番組スタッフや大橋俊夫さんからの
サプライズプレゼントで幸せな気分に浸りながら、一路ある場所へと向かったのです。
半蔵門の会社で停めたTAXI。行き先を告げると深々とシートに身を委ね、目を閉じる井門…。
不肖井門宗之もこの番組に出始めた頃は確かまだ27歳。これまで実に色んな場所に行きました。
…たらい舟にも乗ったっけ。そうだ三宅島や佐渡島ではスキューバもやったなぁ。
ヘリコプターにも乗ったし、富士山の清掃登山もしたっけ…。数々の想い出が走馬灯の様に流れます。

車窓からアッと言う間に流れていく東京の風景。
歳を重ねると、この車窓からの風景の様に日々もアッと言う間に流れていく気がします。
どれだけの風景を毎日記憶に刻み込み、それを人として昇華させられるのか…。
毎日がなんとなく当たり前に過ぎていくと、この作業が疎かになってしまう。
必然、大人になるにつれてしっかりとした核(コアな部分)を持っていなきゃいけないのに、
意外と若くてトンガっていた時の方がそれを持てていたりする事もあるわけで。

「ぢゃあ果たして自分はどうなんだ?」と問いかけてみた時、
ここらで自分を振り返る様な経験も必要なんじゃないか…そんな心の声が聴こえてきたのです。

この日ワタクシが向かったのは友人達が待つ誕生パーティー会場ではなく、
ましてや妻が料理を作って待つ自宅でもありません。
33歳になったばかりの井門の手に握られたのは新幹線のチケット。
キャリーバッグには2泊3日分の着替えやら何やらが詰まっております。


そうです、私が向かったのはむさ苦しい男達が待つYAJIKITAの旅

気合い充分、井門宗之は33歳の誕生日当日に、この番組のロケに出発する事になったのであります!
*実際最大の理由は『井門が動けるのがこの日だけ』だったからである。悪しからず。

JR東京駅で颯爽とTAXIを降りた井門は、動きも軽やかに駅構内へと入り、
この旅のディレクターでもある佐々木氏と落ち合い、華麗なステップを踏みながら出発…。
とは…当然なりません。TAXIを降りてから少し東京駅で迷子になり、重いバッグを引きずり…。
すんなり行ったのはディレクターと出会った部分だけ(笑)
ホッとした井門は新幹線のお供に欠かせない『崎陽軒のシウマイ弁当』を買って、いよいよ出発!

我々を乗せた新幹線が向かったのはJR名古屋駅。
旅の行程は新幹線でまず名古屋まで行き、そこから近鉄線で伊勢市駅へと向かうもの。



そう、今回のYAJIKITAの目的地はズバリ『伊勢神宮』なのです!

人生で1度は伊勢神宮へお参りをした方が良いという言葉、御存知の方も多いでしょう。
古くは2千年以上前の時代に遡りますが、江戸時代には【お蔭参り】として、
彼の地へのお参りが流行していたという伊勢神宮。江戸時代ですよ、皆さん!
馬での移動はある程度お金がある人なら出来るでしょうが、普通は歩きでの移動になります。
江戸から歩いて伊勢まで行く…これはもう大変な思いをするわけです。
それでも庶民の間には【お蔭参り】が流行した。人の信仰の気持ちが集まった。
僕の周りも『伊勢神宮へ参拝に行った!』なんて言う人がここ最近増えた様な気がするんだよなぁ。
それは勿論年齢的な事もあるんだとは思いますが…。
ただ実際に伊勢神宮がどんな場所で、何に対してお参りすれば良いのか(ここ重要)、
意外と知らない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回のYAJIKITAは3年後に『式年遷宮』も行われる伊勢神宮へ、
お参りの旅に出かける事にしたのです!!



神宮へ向かう「御幸道路」には両側に灯篭が並んでいる

今回の旅のメンバーは旅人:井門宗之、放送作家:久保氏(最近は山手線の男と化している)、
カメラマン:慶吾氏(久々のロケではしゃいでる)、そしてディレクター:佐々木氏の4名だ。
中でも佐々木氏はYAJIKITAのロケは初挑戦。しかし機材関係やラジオ愛はもう達人の域なので、
僕を含めたいつものメンバーは、安心して佐々木氏をYAJIKITAのメンバーに迎え入れた。

 

YAJIKITAの朝が意外と早いのは僕自身も他の旅日記で語っているが、
実はこの時はさほどでも無く、異例の午前8時頃ロビー集合となっていた。
前日の夜は三重の海の幸なんかも堪能した我々だったが、
ゆっくり出発という事で、各々取材の仕込みもする事が出来たんぢゃあなかろうか。
朝の準備にOLばりの時間を要する井門宗之も、この日は割と仕度に時間が取れ、
余裕の表情でロビーに降りてきた。その顔には【してやったり】の笑みさえ浮かんでいる。
ところがエレベーターを降りると、いる筈のメンバーが…、一人足りないのだ…。
(*ここから稲川淳二さん風にテンポ良く)

わたしはね「あれっ!?」と思ったんですよね。カメラはいる、作家もいる、FM三重の方もいる。
そこに自分を合わせたら人数的には4人で、数は何となく合ってる。
でもね、冷静に考えたらスタッフとしての人数が足りないんですよ。それも1人だけ。
一目瞭然ですよね、いつもの顔ぶれじゃない人がいないってんだから、
みんなすぐに気が付いちゃったわけですよ。「あれっ、佐々木君がいない!?」ってね。
5分経ち、10分経ち、それでも来ないんですね、来る気配も無い。
やだなやだなぁ〜って思いましたよ。何だか嫌な雰囲気だなぁ〜ってね。
初日でしょ、初のYAJIKITAでしょ、これは何かあるなぁ〜って、その場にいた全員が思ったんだ。
と、その瞬間どこからともなく、


 

ヴィ〜ン、ヴィ〜ン



うわぁっ!!!

 



突然、僕のポケットで携帯が震えた。
驚いて顔が真っ青になりながらも、そぉ〜っと携帯のディスプレイを覗いたんだ…すると…。


 

カ●館ケータイ会員の皆様へ

 



…やだなやだなぁ、と思いながら、以前酔った勢いで登録しちゃって…へへへ(照笑)
はい、最近旅日記でMYブームの【稲川ごっこ】に付き合わせてすみませんでした…。

 

さてさて、で肝心の佐々木君はと言うと、部屋に電話をかけると繋がりまして…。


はい、初日からまさかのD寝坊(笑)

本人もtwitterでその模様を呟くという…何ともYAJIKITA的な。
そしてこの旅日記でしっかり井門に暴露される、という極めてYAJIKITA的な。
ひとまずFM三重の方の車で佐々木氏は後合流、という事にして我々は先に伊勢神宮へ向かいました。



佐々木D寝坊! とtwitterで呟いた瞬間。外宮の「火除橋」前なう!

聞く所によると、最近特に週末になると伊勢神宮への参拝者が増えるのだそうです。
参拝者が停める駐車場も、取材日の土曜日は1時間以上待ちという混雑ぶり。

そもそも伊勢神宮とはどんな場所なのかから説明しましょう。
この伊勢神宮は内宮・外宮・別宮などからなり、その内宮は日本人の総氏神【天照坐皇大御神】を祀る
最高格とされています。「え? 天照大御神って書くんじゃないの?」とお思いの方も多いでしょう。
勿論同じ神様ですが、この伊勢神宮にはこの天照大御神が坐している…、
つまりここに居続けている、という意味で【天照坐皇大御神】という様に書くわけなんです。
そしてこの内宮の正式名称は【皇大神宮】と言います。*外宮については後ほど。

内宮、外宮、別宮など全てを合わせた広さは、
その周辺も入れると三宅島や世田谷区程の広さになるそうで、
わたくし奇しくも世田谷区で暮らし、その昔YAJIKITAで三宅島にも取材に行ってるので、
何だかその広さがよりリアルに伝わってきました。とにかくその広さは桁外れなんです。
ちなみに天皇に関わりの深い神様をお祀りする場所を【神宮】と呼ぶのだそうです。
なので【伊勢神宮】と呼ぶよりは、本来なら【伊勢の神宮】と呼ぶ方が正しいと言われます。
ここに天皇家の御先祖である【天照坐皇大御神】が、飛鳥時代から祀られている。
その歴史は何とおよそ2000年。第十一代垂仁天皇の時代から今日に至るまで、
建物も自然の雰囲気もほぼそのままに、伊勢の地に鎮座されているというわけです。

 

今回ガイドを担当して戴いたのは、【お伊勢さん観光ガイドの会】の金児毅さん(74歳)。
分り易い解説で我々の『へぇ〜』を引き出す金児さん、目深に被る阪神タイガースの帽子が眩しい。
まず我々は伊勢神宮の外宮から参拝する事にしました。
おっと、きました! ここで伊勢神宮での決まり事の登場ですね!!

『伊勢神宮を参拝する時は、必ず外宮⇒内宮の順番で参拝しなくてはならない。』

金児さんによると「理由は定かではないが、当時の天皇が決めた事」と言われているそうです。
その他にも伊勢神宮のお祭りは必ず外宮から行われるから…等の理由もあるようですが…。
伊勢詣ツアーなんかを見ると、時間の制約上仕方無いのでしょうけど大体内宮のみ。
本来は必ず外宮⇒内宮とお参りするんだと言う事を覚えておくと、良いと思います。



外宮の「表参道火除橋」


「表参道火除橋」の前で取材開始!

さぁ、早速外宮の入り口である【表参道火除橋】を渡り、いよいよ伊勢神宮外宮の中へ!
*ちなみに【火除橋】は市街の火災から伊勢神宮を守る、という意図で建てられています。

いやぁ〜しかし今回のロケ、三重の朝は抜けるような快晴! すじ雲が青空にかかっています。
三重のロケが33歳、何だ「3」が続くなぁ…。しかも誕生日で伊勢神宮!
「おいおい、井門雨男神話崩壊か!? 33歳なんかあるぞ!」てな俗っぽい事を考えながら、
第一鳥居を抜けて参道を歩いていったわけですが…。

        外宮の「第一鳥居」

この外宮に祀られている神様は【豊受大御神】と言って、金児さん曰く、
分かり易い言葉で表すと【天照坐皇大御神】の専属シェフだと言うんですね。
内宮鎮座から500年後の第二十一代雄略天皇の頃のお話し…だから今から1500年程前です。
食事を司る神様を【天照坐皇大御神】が遣わせと仰ったのを機に、
丹波の国からこの地に【豊受大御神】をお祀りしたのだそうです。
なので外宮の正式名称は【豊受大神宮】と言います。

我々は一路、豊受大神宮の御正殿を目指して参道を進んで行きました。
右手に神楽殿(祈祷を行ったり、お札やお守り等を授与される場所)を見ながら更に進むと…。

外宮の「神楽殿」

パッと開けた空間に出たと思ったら、右手に人が列を成している場所。
ここが【豊受大神宮・御正殿】です。



外宮の「御正殿」


「御正殿」の前で取材準備中!

その美しさに目を奪われていると、金児さんがこんな事を仰います。

 

「ここは何かを奉納したり、個人的な願い事をしてはいけない場所なんですよ。」

 

…? 神様にお願い事をしてはいけない?
僕があっけにとられていると、金児さんは【私幣禁断】と言う事を教えてくれました。
外宮の御正殿も内宮の御正宮も、庶民が個人的な願いをお祈りしてはいけないのだそうです。
何故なら外宮の神様は我々全ての日本人の食を司る神様であり、
内宮の神様は我々全ての人間が生きる為の力を司る太陽の神様。
ここはその【食べる事】や【生きている事】そのものに【感謝する場所】なんだと。

食を司る神様である【豊受大御神】。
毎日僕らは食事をする時に「いただきます」と「御馳走さまでした」をしますよね?
あれは何に感謝しているかと言うと、全ての食を司る神様である【豊受大御神】への感謝なんです。
目の前の食事に費やされた【命】への感謝という事もよく聞きますが(自分もそう思い続けていた)、
【その命を戴ける行為=食】は【豊受大御神】が司っている、なので【豊受大御神】への感謝なんだと。

これには食べる事が大好きな井門は目からウロコでした。33年間、毎日欠かさずやっていた
【いただきます】と【御馳走さま】はこの神様に捧げていたなんて…何だか感動してしまいます。
最近はこの食事の前後の挨拶がおざなりになっている人もいるようですが、
こうした挨拶をする民族は日本人くらい。
こんな言葉がある事自体、何だか素敵じゃないですか!!
僕らはしっかりと【豊受大御神】に手を合わせ、思わず長い間祈りを捧げていました。

 

いやぁ、実際に来てみないと知らない事だらけの伊勢神宮参拝。
僕も伊勢に来る前に色んな人に「代わりに結婚出来る様に祈ってきてよ」とか、
「事業に成功する様に、ひとつ頼むよ!」とか裏口入学のススメみたいな事を言われてきたんですが、
内宮も外宮も御正宮・御正殿ではそれは許されない事だというのを初めて知りました。
しかし金児さんはそんな僕を見かねたのか(笑)
ポンポンと優しく肩を叩いて二つの魂の話をしてくれます。
それによると、神様の中には和御魂と荒御魂の2つがあって(正式には一霊四魂)、
御正宮・御正殿には和御魂が祀られ、別宮に荒御魂が祀られていると。
この別宮に祀られた荒御魂の神様はとても能動的で、我々の願いを聞きいれてくれる神様。
感謝する和御魂の御正宮の神様とは少しその性格が違う…と言うんです!

 

井門&スタ「金児さんっっ!! その荒御魂の神様はどこに!?」

金児「(少し驚いた面持ちで)あ、御正殿の真正面に見える山あるでしょ? あの上…」

井&ス「っしゃーーーーーー!!」

 

(苦笑)なんて、そんな罰あたりな行為は勿論してませんよ!(説得力無いなぁ)
僕らは静かに、そして厳かに金児さんの説明を受けながら、荒御魂の神様が祀られている【多賀宮】へ。
少し傾斜のある道を登っていくと、そこに静かに鎮座していたのは【豊受大御神】の荒御魂でした。
能動的な荒御魂の神様というから、少し空気感が違うのかな…なんて思っていたのですが、
静かな林の中にシンと佇む社の姿は、何だかとても自然と一体化していて。
「よぉし! いろんな私事をお願いするぞぅ!」と意気込んでいた井門も、
実はこの荒御魂が祀られる静かな社の姿を見てすっかり毒気が抜かれたとさ…。



この石段を登ると「多賀宮」が鎮座する


外宮「多賀宮」

あっ、ちなみに伊勢神宮をパワースポットとか言っちゃ罰あたりですよ。
本来神様のいらっしゃる所をパワースポットだ! と言って、
現代人の勝手な理屈で伊勢神宮の中のある一部だけしっかりお参りするなんて失礼な話。
そもそもここ伊勢神宮は全体が一つの神域です。【スポット】という考え方自体が矛盾している。
祈りながら「あ〜、足の裏がピリピリする!」とか変な事を言わないようにしましょうね。
伊勢神宮で神様に仕える神職の方にも、大変失礼だと言う事を覚えておきましょう。
と言うか、昨今のパワースポットブームは何とかならんのかなぁ…。
自分にとって都合のいい部分だけを切り取って、本来の場所・物・人などが持つ性質を忘れてしまう。
物事の本質を見る目を養う事は、豊かな心を養う上でも非常に大切な事だと思います。
ぜひ伊勢神宮に参拝にいらっしゃる際は、伊勢神宮の全体を見てください!!



外宮「土宮」の前で取材中


外宮「風宮」

その後、我々YAJIKITA一行は外宮の中にある別宮を参拝。
【土宮】は地主の神様で、土の神の「大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)」が祀られていて、
【風宮】には【級長津彦命(しなつひこのみこと)】と、【級長戸辺命(しなとべのみこと)】
という夫婦の風の神様が祀られています。こちらは天気の神様であり、豊作を願う神様。
昔の日本人がいかに【自然と共にある事】を大切にしてきたのかが分かります。
それは伊勢神宮全体を覆う豊かな緑を見ていても感じるのです。
内宮の御正宮や外宮の御正殿の建築方法は一般の神社とは異なっています。
『唯一神明造』と言って、茅葺屋根で高床式になっており、屋根に鰹木や千木が見られるのが特徴。
大地と共にある建築、という風情を湛えていて、造りがシンプルなだけに、余計心を打たれます。



棟の上でV字風にのびているのが「千木」。
その間に横に並んでいるのが「鰹木」。

大昔の人々が祈りを捧げ神と共にあった時代に思いを馳せながら、
我々はいよいよ【天照坐皇大御神】が祀られる内宮へと向かう事にしました。

内宮の御正宮へは、大きな【宇治橋】を渡り【神苑】を抜け【火除橋】をまた渡り、
【一の鳥居】と【二の鳥居】をくぐり、沢山の木々の中を歩いて、ようやく辿り着きます。
なので内宮の入り口では僕らをまず【宇治橋】が迎えてくれるわけですが…。

内宮へ向かう「宇治橋」


「宇治橋」からの眺め




内宮の「第一鳥居」

少し大袈裟に言うと、檜で造られた【宇治橋】はまっすぐ神様への道を示し、
ここを訪れる全ての人々に何か【道】を開けてくれているかの様な雰囲気を持っているんです。
内宮は参道の右側を歩き、外宮は左側を歩いていきます。
神様が何千年も通ってきた道を歩く、それだけで身体の芯が引き締まる思いがするわけです。
何人も何年もこの上を歩いているはずなのに、真っ白な半紙の上に一筆乗せる感覚と言いますか…。
誰も滑っていない新雪の上にシュプールを描く感覚と言いますか。
ともかく、澄んでいる。金児さんに案内されながら、太古の昔に一時想いを馳せていると、
ここで金児さんから思いがけない嬉しい言葉。

金児『折角ですから、昔の参拝者の様に浄めてみませんか?』

今の参道には内宮・外宮共に立派な手水舎があるんですが、昔は当然ありませんでした。
ぢゃあ参拝者が何処で浄めていたのかと言うと、宇治橋の下を流れる川、五十鈴川なんですってね。
金児さんに促されるまま歩を進めると、右手奥になだらかで広い石段が五十鈴川まで降りている。
何だか女性的な柔らかな造りの階段だなぁ、と思っていたらやはり女性が造った物、
なんと元禄5年(1692年)にあの徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進した物だとか…。
オッサンしかいないYAJIKITA一行は、川の水に触れられるってだけで大はしゃぎしながら、
それでもしっかりと身を浄めたとさ(笑)
5月半ばの五十鈴川の水はとても冷たかったけど、参道に流れる空気の様に透明で、
伊勢神宮にいるんだと言う感覚を改めて刻まれた様な気がしました。



内宮の「五十鈴川の御手洗場」


ここ内宮にも沢山の宮があるんですが、
何と言うか土地全体から醸し出される空気感が凄い。
数百年前からここに存在する杉などの巨木は【聳える】という表現がぴったりな程の存在感。
徐々に空気が澄んでいくのを一行全員が確かに感じながら、ついに御正宮が目の前に…。

内宮「御正宮」


「御正宮」の石段下で金児さんと一緒に!


「御正宮」の左隣には「式年遷宮」で新たな「御正宮」が建つ「新御敷地」が!

石段の上に鎮座するのが、伊勢神宮内宮【皇大神宮】御正宮。
ここに【天照坐皇大御神】が祀られているのです。
【天照坐皇大御神】に祈りを捧げる参拝者の数も多く、石段の上の方は行列が出来るほど。
井門宗之、33年間生きてきて、明確に【生きている事への感謝の対象】と出会えたわけで。
ここはしっかりと感謝の祈りを捧げねば、とかなり長い時間お祈りをしてしまいました(苦笑)。
う〜ん、何とも言えない、澄んだ、そして満たされた気持ちになったのは間違い無いんですよね。
実はかの西行法師がこの地で詠んだ句があるので、ご紹介しましょう。

 

なにごとの おわしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

 

“かたじけない”とは恐れ多いという思いからくる有難さ、と訳せば良いだろうか。
その場で祈りを捧げるだけで、恐れ多い心がしてきて何故か涙がこぼれてくるのです。
西行法師の想いが詰まった一句。我々もこの神宮の中でお参りをするだけで、
何故か心にすっと風が通ったような感覚になったんです。



内宮の「荒祭宮」


内宮の敷地内にあるこちら「四至神」も、 伊勢神宮の125社のうちの1つ。2段の石段の上に石神が祀られている。
内宮「風日祈宮」へ向かう「風日祈宮橋」は、「式年遷宮」に向け新しい橋に架け替え中。なので今は仮の橋。

勿論YAJIKITA一行はこの後も【天照坐皇大御神】の荒御魂が祀られている【荒祭宮】や、
車で移動して少し離れた場所にある別宮にも何か所か参拝しました。
しかし、参拝をすればするほど、昔の日本人と自然との関わりの深さに驚かされたんです。

昔の日本人はきっとこういう風に考えていたんじゃないだろうか。

 

『全ての自然には神様が宿っている。全ては神様がもたらしている。
だから気候や自然現象を受け入れて、それを感謝しよう。』

 

きっとそこにあるのは、人間も自然界の一部であり、あくまでも自然と共存しているという考え方。
人間が他の自然界にある物より出しゃばってはいけなくて、
だからこそ【自然の恵みに感謝】する意味で神様をお祀りして、そこにお祈りをした。
【祈り】とは【願い】ではなくて【感謝】なのだろうと、そう思ったんです。

別宮の「月讀宮」では4つの社が並ぶ


別宮の「月夜見宮」
別宮の「倭姫宮」

ガイドをしてくださった金児さんに伊勢の魅力を伺うと、

 

『1500年前の景色が、雰囲気が、建物が、現代まで保ち続けられている、
自然の美しさがそこに保ち続けられている。そこで暮らせているのは幸せだと思っています。』

 

照れくさそうに、そう仰っていました。


「お伊勢さん観光ガイドの会」の金児さんと一緒に!

今回の旅のテーマは【正しいお伊勢参りをしてみよう!】だったんですが、
伊勢神宮の歴史やそこに祀られる神様を知れば知る程、
どんどん我々の旅の目的が【伊勢神宮と古き良き日本への感謝の旅】になっていきました(笑)

現代に生きる我々は、ともすれば身近な人への感謝も忘れがちになってしまう。
そんな現代人がはたして【食べる事】や【生きている事】への感謝をする機会が、あるだろうか。
忙しなく生活していると、不本意ではあるがその機会を失っている様な気がするんです。
だったら、感謝の機会を作りに【お伊勢参り】に行ってみませんか!?

伊勢神宮には「坐して居続け」我々の感謝を受け止めてくださる神様が、
今日も静かにいらっしゃるのですから。



今回のオフショット!
「取材前日の夜は、次週放送の旅人・FM三重の瀧裕司アナウンサーと飲んだくれ状態!」