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旅人 : 井門宗之

喜多方 裏道 蔵めぐり

     
 

〜喜多方にキター!!!〜



と言う訳で今週は喜多方なのであります。
(おいおい…、また唐突に始まったなぁ。)
前回は佐々木氏のネタが豊富に書かれてありましたが、
本人から「あれはもはや醜態でしかないぢゃないか!」と指摘を受け、
今回はどちらかと言うと井門Pのネタを豊富に…(これはネタ日記か)
前回に引き続き福島を旅していたYAJIKITA一行。
土湯温泉に続いて、今回の旅の舞台は皆さんお馴染みの「喜多方」であります。

皆さんはこの「喜多方」にはどんなイメージを持たれているでしょうか?
はいはい、聴こえてきましたよぉ。「蔵のまち」「ラーメンのまち」ね?
かく言うYAJIKITA一行も旅をする前のイメージはそうでした。
ところが、旅を終えた後の「喜多方」のイメージがガラっと変わったのです。
それはとても、本当にとても「良い意味」で。
やはり地元の歴史や暮らす人の気質に関するルーツは、知っておいた方が良い、と。

さてそもそもこの縁起の良い名前【喜多方】。
こういう漢字を充てる様になったのは明治8年からと言う。
それまでは【会津の北の方にあるので“北方”】と書かれていたのですが、
確かに「北の方」より「喜びが多い方」が見た感じの印象が全然違う!
どんな状況でも「喜びが多い方」が良いに決まってますもんね。
ついでに言うなら【喜多方】の駅も歴史は古く、明治37年1月20日、
岩越鉄道磐越西線が開通した時に開業したというから相当なものなのです。

こちら喜多方駅の駅舎の雰囲気、良いんですよ。
さすがは「蔵のまち」だけあって、なまこ壁を模した蔵の様な造り。
中央入り口は町の産業のひとつ煉瓦を使った何ともモダンなデザイン。
晴れ渡る高〜い空に、この駅舎の姿が何とも映えるんだ。ロケ日もめでたく快晴!
*井門P雨男神話はもう既に崩壊していますね! ね!?
中に入ると改札の前に待合の椅子。何だか懐かしい気持ちになるのです。
磐越西線の時刻表を見ると、大体1時間に1本か多くて2本。
中には『SLばんえつ物語号』の文字も見えている。
我らが鉄っちゃん、作家の久保氏曰く「ここは貴婦人と呼ばれるSL、C57が走る」のだと言う。
田園風景の中を走るSLかぁ…。井上陽水の【少年時代】が流れてきそうですね。

さて、我々YAJIKITA一行はこの『喜多方駅』でただダベっているのか? と言うと、
それは皆様大きな間違いなのであります。ちょっとだけしかダベってない。
実はこの喜多方の町を回る上で、『これ以上ない交通手段』を操る方を待っていたのです。
はたしてその『これ以上ない交通手段』とは…、その名も…、

ベロタクシー!!


1997年にドイツで開発された自転車タクシーの事なのですが、
現在は世界中に広がる環境に優しい交通システム(何せ自転車ですから)。
アルファベット表記をすれば『VELOTAXI』となり、
この『VELO』がドイツ語で『自転車』と言うのです(バイシクルレースをBGMにどうぞ)。
日本での歴史は2002年に京都で運営がスタートしたのを皮切りに、現在は全国規模。
喜多方での運営開始は2005年からだそうです。
今回のYAJIKITAはこのベロタクシーに乗って、喜多方を回ろう! という計画。
ベロタクシーは運転手さんを含めると3人乗りですから、少人数のYAJIKITAにもぴったり。
…うん? 「運転手含め3人乗り」ですと?

ここで今回もお決まりのメンバー紹介をしよう!

音へのこだわりと仕事の正確さはピカ1! D:佐々木氏。
取材先との交渉、ブッキングはもはや神の領域! 作家:久保氏。
年々酒が弱くなった! P:井門。
*今回は慶吾氏は参戦しておりません。ファンの皆様申し訳ありません!

当方YAJIKITAメンバー3名。そしてこれからいらっしゃる運転手さん1名。
今回お願いしているベロタクシーは1台。
さて計算をすると、やはり我らYAJIKITAメンバーが一人あぶれてしまう…。
「一体どうするんだろう?」そんな事を考えていた時、久保氏が笑顔で言った。

久保「さて、1台自転車レンタルしてくるかな。僕用の。」

喜多方の当日の気温はゆうに30℃を超えていた。
日差しも夏のもの、暑さは黙っていても汗が出てくるレベルなのである。
そんな中、DとPをインタビューと機材回しでベロタクシーに乗せ、
自らは別にレンタサイクルに乗ってベロタクシーと同じコースを廻ろうと言うのだ。
くっ、このYAJIKITA魂ったら…泣かせるぜ久保氏!
*『YAJIKITA魂(=略してYAJI魂(やじこん))』どうしようも無い状況下で発動する、
「まぁ、ヤジキタだからしょうがないか」という独特の精神状態。
ヤジキタ歴が長ければ長い程、発動回数も多い。

こうして駅前のレンタサイクルで何故かママチャリを借り、颯爽と跨った久保氏。
*前にカゴが付いてるタイプの正しいママチャリです。久保号。



こんな感じです!

しかし…どうした事でしょう…。
僕も佐々木氏も久保氏のその姿を見て、笑いが込み上げてくるではありませんか。
そもそもあまり荷物の多く無かった久保氏。(車の中に置いていた為)
軽装でママチャリに跨る姿が、もはや『地元民』。馴染み過ぎている。
まさにその姿は、“家飲みをしていて氷が無くなったから買ってくる人”そのもの。
“さっ、いくぞー!”と言う久保氏の額には、既に汗が光っていたとさ(笑)

こうして駅前でキャッキャ言っていたYAJIKITA一行の前に、
ついにベロタクシーはその姿を現しました!
白い車体は先端が細く、後ろが膨らんだ形。運転手が前で、乗客は後ろに座る。
車で言うとアクセルとブレーキの位置にペダル、ハンドルは車同様に手元。
車体自体は何と144kgもあり、大人2人を乗せると300kgにもなるこのベロタクシー。
颯爽と操るのは【NPO法人 まちづくり喜多方】の代表理事・江花圭司さんだ!
真っ黒に日焼けした江花さん、もう身体全体から『兄貴肌』と言う雰囲気が漂っている。
地元喜多方を心から愛し、地元の歴史から現在の喜多方に反映出来る良い所を探し続けている。
そして江花さん、昔から井門が喋っているのを聴いて御存知と言う事で、
井門Pもガッカリされてはいけないと気合いノリも十分なのであります。

今回のYAJIKITA的喜多方巡りのルートは、喜多方にある「歴道(れきみち)」を廻る旅だ。
この「歴道」とはどういうものか? と言いますと、
正式名称は「歴史的道すじ(=歴道)」。蔵の町並みを守って、
住む人や訪れる人が喜多方の歴史素材に触れる事が出来るように、と整備された石畳の道。
この石畳の歴道を中心にベロタクシーで廻ろうという計画なんです。
井門と佐々木氏は江花さんの操るベロタクシーに乗り込み(久保氏はレンタサイクルに跨り)、
夏の喜多方巡りをゆっくりとスタートさせました!



石畳の「歴道」

ベロタクシー。
乗ってみると分かるのですが、乗り心地悪くありません! むしろ想像以上に良い!
江花さんの運転技術もあって生まれるのですが、快適!
ベロタクシーの速度は非常にゆっくりです。それは人の歩く速度とほとんど変わらない。
そんな僕らの驚きに微笑みながら、江花さんはおっしゃいます。

江花「井門さん達が座っている場所から景色を眺めると、どう見えますか?
歩いている目線と変わらないのが分かりますか?」

井門と佐々木氏は驚きました。
そうなのです、江花さんのおっしゃる通り僕らの目線と歩行者の目線が変わらないのです。
しかもゆっくりと席に座りながら目線はあちこちに移動出来る。
その間にベロタクシーは僕らとは関係なく、ゆっくりと進んでくれる。
歩きながらだと色んな注意を払わなくてはなりません。小さい子供なら尚更です。
でも歩く速度と言うのは、色んな物をじっくりと見せてくれるのも確か。
ベロタクシーが歩く速度とほとんど変わらずに進むのと、
座席が歩行者の目線とほぼ同じになっているのは、ここに秘密があったんですね。
ベロタクシーのお客さんは、「歩行者の目線」で「歩く速度」で、
運転手さんに身体を預けながら、じっくりゆっくり色んな景色を見る事が出来るんです。

喜多方は【蔵のまち】。そこは皆さんのイメージ通りの町並みです。
では、想像してみて下さい。立ち並ぶ蔵の数々を。皆さんの頭の中に並びましたか?
並びましたね? いいですか?(しつこい)
僕の素直な感想ですが、きっと今皆さんが想像した3倍は蔵があると思って良いでしょう。

喜多方観光協会のHPに詳しく載っていたので、それを抜粋させて戴きます。
-以下原文-
『喜多方の蔵が観光のためにつくられたものではなく、現在も人が住み、使い、
暮らしのうつわとしての役割を果たしているからなのでしょう。
表通りはもちろんのこと、路地裏や郊外の集落にまで蔵があり、
その数は二千六百棟余といわれています。
なぜ、このまちに、こんなに多くの蔵が建てられたのか。それには、いくつかの理由があります。
まず、いまでも、酒蔵、味噌蔵として使われていることからもわかるように、
良質の水と米に恵まれた土地ならではの醸造業を営む場として、
蔵が最適な建物であったことがあげられます。
また、蔵は、男たちの夢の結晶として、「四十代で蔵を建てられないのは、男の恥」とまでいわれ、喜多方の男たちにとって、自分の蔵を建てることは、情熱をかけた誇りの対象でもあったのです。
喜多方の蔵が、画一的なものでなく、白壁、黒漆喰、粗壁、
レンガなどの種類や扉の技巧にいたるまでバラエティーに富んでいるのは、
そうした男たち一人一人のロマンの表現だったのでしょう。
そして、もう一つの大きなきっかけとなったのが、明治十三年に起きた大火でした。
この火事は、市の中心部から瞬く間に燃え広がり、約三百棟の家々を焼き尽くしました。
が、そのとき、くすぶる焼け野原に、厳然と残ったのがまぎれもない蔵の姿だったのです。
こうして喜多方の人々は、蔵を誇りとして、蔵とともに、今日まで暮らして来たのです。』
(以上原文抜粋)

う〜ん…、僕個人としては【男たちの夢の結晶】と言う部分がグッとくるなぁ。
この情熱を今の若い人にも感じて欲しいと、江花さん達は仕事を通じて生き様を見せているのだ。
現にベロタクシーで廻っている最中も、地元の中学生・高校生から挨拶される江花さん。
それに対して笑顔で大きな声で『よぅ! こんにちは!』と返す江花さん。気持ちが良いのだ。

江花さんのご案内で、我々は喜多方の本当の姿を見せてもらった。
それは歴史に裏打ちされた、芯の太い喜多方魂とでも言おうか。

味噌・醤油醸造元の若喜商店は1755年創業。
きき醤油体験もさせていただきながら、レンガ蔵の姿に圧倒され…。
蔵の内部に使用された木材の豪華さに、当時の喜多方の人々の粋を感じ…。
*ちなみにレンガ蔵は1905年に建てられ、現在は国の登録有形文化財と近代化産業遺産に認定。



若喜商店
若喜商店は、蔵も煙突もレンガ造り

大正6年からなんと7年かけて建てられたと言う『甲斐本家蔵座敷』では、
その豪奢な姿に当時の人々の夢のかけらを見せて貰った様な気がし…。



甲斐本家座敷蔵


蔵の中は51畳の広い座敷になっている

蔵の町ならではとも言える、安勝寺は何と、蔵で出来た本堂を見る事が出来…。
*窓は釣鐘の形をしている。



安勝寺

全国でも有名な日本酒の醸造元『小原酒造』では、面白い酒造りを伺う事が出来ました!
お話しを伺ったのは専務取締役の小原富美子さん。
こちらも歴史は古く、創業1717年という。
何が面白いかと言うとですね、お酒の原料となる酵母に、
『モーツァルト』を聴かせて発酵させてるってんですもの! しかもそれが美味しい!
しかも名前が良いんですよ! 【蔵】に【粋】で【クラッシック】ときた!
飲み口も何とも爽やかで、もう旨いの一言に尽きます!
うっかりこちらで色んなお酒を戴いて、良い気持ちになってしまった井門Pなのでした(苦笑)



小原酒造


貯蔵蔵にはBOSEのスピーカーが並んでいる!


音楽酒「蔵粋(クラシック)」


小原さんと一緒に!

江花さんに町の様々な風景を御案内してもらいながら、
喜多方の歴史やこの土地が育んできた人々の気質についても教えて貰いました。
僕らYAJIKITAが感心したのは、今もこの町に残る【無尽】と言う制度。
月に1度、地域の人間が寄り合いを開き、お金を一人一人から募る。
それをその月に割り当てられた人間に渡し、好きな様に利用してもらう。
貯蓄に回して大きく運用するもよし、「こいつだ!」と思った人間に投資するもよし、
使い方は個人の自由ではあるが、やはりそこは人間の器の大きさが問われる部分。
どうしようもない使い方をする人間は、無尽の中にも入る事は出来ないのは明白だろう。
喜多方は芸術、文化、産業、学問、全てにおいて町の偉人達が若い才能に投資してきた経緯がある。
町全体が人間を作る事がどれほど大切な事かを、物凄く重要視しているのだ。
蔵を廻りながら、その蔵をそもそも造った人物の物語を聞くと、
そのスケールの大きさにため息が出てしまう。
しかし江花さん達、今の喜多方の中心になっている若い世代は、
その歴史の偉人達を見習いながら、この喜多方を盛り上げようと必死になっているのだ。

汗を流して、心を尽くして、手を引いて。
必死に働いて、思いっきり笑って、めちゃくちゃになるまで飲んで。
集まって、輪になって、真剣に考える、この町のこと。

「また来た時は絶対連絡下さいね!」

真っ黒に日焼けした笑顔で、そう言ってくれた江花さん。
その真っ直ぐな表情を見た時に、「また必ずここに来よう」と思ったのであります。
もう一回、言わせて下さい。江花さん、有難うございました!



蔵の形の山車を引いた馬車がやって来た!


江花さんと一緒に!

さて、ベロタクシーで蔵の町の歴史について学んだ我々。
もうひとつの名物、ラーメンについても触れなくてはなりません!
喜多方市には勿論、ラーメン屋さんが沢山ある! 凄い数である!
人口約5万3000人のこの街に、ラーメン店が約120軒以上あるってんですから、
このラーメン屋さんの多さは人口比でいっても相当なもの。
そのラーメン屋さんをネットワークしているのが『喜多方老麺会』。
登録してあるお店の前には大きく幟が出ているので目印としても良いかもしれません。

そもそも喜多方の人間とラーメンは切っても切れない関係でして…。
皆さん、『朝ラー』って言葉は聴いた事、ありますか?
これは喜多方で古くから当たり前の様にある食習慣の事なんですが…。
そう、そうなんです! 正解は『朝にラーメンを食べる』って事なんです!
まだ若いとは言え33歳の井門宗之。最近は飲んだ帰りにもラーメンが食べられなくなりました。
なのに喜多方の人々は朝からラーメンを普通に食べると言います!
これは喜多方ラーメンの味にもその秘密があるんでしょうね。
一般的には豚骨と煮干しベースのスープをブレンドする、醤油味のラーメン。
具も豚バラの薄切りチャーシューが何枚か乗っていて、ネギとメンマというシンプルな構成。
要は、かなりあっさりと戴く事が出来るって話なのです。
一説によると大正後期から喜多方ではラーメンが食べられ始めていたそうで、
それが昭和に入り、観光資源として一大産業と成り得たラーメン。
御当地ラーメンとして東京でも喜多方ラーメンを食べさせる店、結構あります。
『朝ラー』の起源については諸説ありますが、
地元の方々にとって喜多方とラーメンは切っても切れない関係であるのは間違いなさそう。
江花さんも『本当は今朝も行こうかなぁと思ってたんですよ!』と事も無げに言ってました(笑)

 

さてせっかく喜多方に来たのだから、喜多方ラーメンも食べなくてはならぬ。(池波風)
何やら最近地元のみならず、近隣県からもお客さんが来る程の人気商品を出すお店があるそうな!
その商品とは…ラーメンバーガー!!
これを喜多方の道の駅【喜多の郷】で食べる事が出来るというではありませんか!?
我々はそんな情報を頼りに、早速【道の駅 喜多の郷】へと向かった。
ここ【道の駅 喜多の郷】は押切川と八方池に挟まれた複合施設。
中には日帰り温泉や展示館、軽食、そして本格的なレストランを備えている。
狙いのラーメンバーガーを出しているのはレストラン【ふるさと亭】。



道の駅「喜多の郷」

ここでナイスキャラ登場!
それがこの『ふるさと亭 喜多方店』の料理長:長谷川義紀さん。
有難いことに不肖・井門宗之のラジオを聴いていて下さっているらしく、
最初のご挨拶の時から少々興奮されていた若き料理長。
こちらで働く店員の女性に、テンション上がり気味でこう言ってくれた。

長谷川「ほら、ラジオの井門さん。やっぱり井門さんだったよ!」
店員「え? 誰ですって?」
長谷川「井門さん。いつもかけてるじゃない。井門むねゆきさん!」
店員「あ、あ…あ〜、はいはい。」

料理長とスタッフのテンションの狭間で、もはやどうする事も出来ない井門P。
少しだけ抵抗してみようと良い声で「井門です! どうも!」と言ってみるも、
何やら感動的な表情を浮かべるのは料理長の長谷川さんだけ(笑)
いや、東京ではそんな事あり得ないので、僕も物凄く嬉しかったです!
*東京では井門の番組は聴けないので、友人に「お前は本当に喋ってるのか?」と突っ込まれる。



紙に包まれた姿は、まさにハンバーガー!


開いてみると…、バンズがラーメンだ!


さらに分解してみると…、ワオッ!!

待つ事数分。ついに出てきた【ラーメンバーガー】に我々は圧倒された(笑)
ハンバーガーの様に紙で包まれた【ラーメンバーガー】。サイズは普通のハンバーガーと同じ位。
そして、まずバーガーのバンズの部分なんですが…、上下ともに【麺】なのです!
茹でた麺を固く焼き固めてあるので、おこげの色と匂いが何とも香ばしい。
ラーメンのスープはどうなってるのか?
はいはい、そうなりますよね? とろみが付いて、中にしっかりと入りこんでいます。

そして具材! この中でどんな具材が展開されているのかと言うと、
厚切りの角肉チャーシューも地元産の麓山高原豚、はみ出るネギ、そしてナルトにメンマ!
まさに小さなラーメン王国がこの中に出来上がっているのです!
まさにラーメン新時代の幕開け。生きていると、こんな新しい物も食えるんだなぁ。
ふるさと亭さんの御厚意で我らこのラーメンバーガーを戴いてみました。
ドキドキしながらあっちっちの所を頬張ると…、


ラーメンなう!!!!

パリっとした食感を感じながら、中に入っている角肉をがじりと噛む。
メンマにも行き着いて、それを引き抜きながら口の中で全てを一つにする。
目を閉じながら、もぐ…もぐ…もぐ…。

ラーメンなう!!!!


口の中で渾然一体となった【ラーメンバーガー】は、まさにラーメンそのもの。
スープの味も麺の歯ごたえも最高にマッチしています!
ボリューム満点のこれが1個で¥350、取材に訪れた時はもう1種類、
会津地鶏のラーメンバーガー¥450なんてのもありました。
この【ラーメンバーガー】最初は1つ1つ手作業で麺を焼いていたため、
1日限定20〜30食が限界だったそうです。それが口コミで人気が広がり、
あっという間に完売する事も多くなった事から麺を焼く機械を投入!
現在は【ラーメンバーガー】1種類につき、1日100食は作る事が出来るそうですが、
それでも午前中には完売してしまうとの事。これは「幻」と呼ばれても仕方無いわけです。
長谷川さん、キャラは物静かで淡々と語ってくださるのですが、
いきなり核心を突く様な事をポーンと言うもんだから、こっちが慌てちゃって(笑)
おいおい、それ言っちゃって良いの? というストレートな事まで教えてくれました。
*それがどんな話なのかは、ナ・イ・ショ♪
長谷川さんには御礼に別番組のステッカーを差し上げたのですが、貼ってくれてるかな(苦笑)



厨房を覗いてみると…、ラーメンバンズの製造機が!


長谷川さんと一緒に!


他にも、ラーメンピザ? ラーメン丼? 
でも人気で既に売切れ!


カルボラーメンまで!

今回は皆さん御存知【蔵とラーメンの町・喜多方】を旅してきたわけですが、
最初にも書いた通り、取材をして町を知っていくとその印象が変わっていきました。
勿論【蔵とラーメン】の印象は変わらなかったのですが、
喜多方はそれだけぢゃないって事を強く強く感じたのです。

この町には今でも、“町全体で次の世代を育てるんだ”という熱い意識が根付いている。
個人が豊かになる事が真の豊かさでは無く、
助け合い、認め合い、信じ合う事を通じて町全体が豊かになる事こそ、
【真の豊かさなんだ】という心が、この町には生きていたんです。
その為に若い世代が汗水流して働く姿を、更に若い世代に見せている。
この意識の強さは本当に凄い事だと思う。
現に若い世代が、この町で何かを始めようと戻ってきていると言うのです。

皆さん、もし喜多方に遊びにいらっしゃった時は、是非この町の人と会話してみて下さい。
呑み屋で一緒になった地元の人に、是非一言、声をかけてみて下さい。
喜多方を心から愛する地元の方々と交流すれば、きっと何倍もこの町が好きになりますよ。

あっ、結局ラーメン食ってねぇ…。
ちくしょー、今度は絶対、喜多方ラーメン食べに来るからなー!(笑)




≪今回のオフショット!≫



喜多方の街は、NTTも蔵でした!