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旅人 : 井門宗之

山手線命名100周年 東京一周ぶらり旅 
恵比寿〜渋谷編

     
 

前回、山手線ぶらり旅の旅日記はこんな言葉で締めくくられていた。

『次回の【ぶらり】はいよいよ渋谷です!
21世紀の若者の街で、我らYAJIKITAは何を目撃するのか!?
何となく皆、ぐったりして帰ってくるのか?(笑)
井門の旅日記はもっと短くなるのか?

次回の放送予定はまだ未定でございますが、
どうか渋谷を歩くオッサン珍道中もお楽しみに!!』

そもそもこの【山手線命名100周年東京一周ぶらり旅】の企画は、
他の旅と同様YAJIKITA会議で決定されるのが常である。
それはそれは紛糾するYAJIKITA会議…。
いつもは温厚な面々が阿鼻叫喚の世界を会議室で巻き起こすのだ…。

スタッフA「今度こそ海外やろうって言ってんだよー!」
スタッフB「グルメの旅で旨い物食いたいって何回言わせるかー!」
スタッフC「美女と巡る温泉に決まってるぢゃねーか!」

…………。

はいはい、冗談はさておき。会議では毎回様々な企画が飛び出すのだが、
この山手線企画に関して言うと、これまで作家は戦略家:久保氏が担当してきた。
しかし山手線の旅も8回目を迎えるに当たり、新たな風を吹かせたい。
そう、温泉のロケで慶吾が全裸でカメラを撮った様に、新たな風を…。
そこで白羽の矢が向けられたのが、作家のミラクル吉武氏だ。
ミラクル氏はYAJIKITAスタッフの中でも古株であり、
一説にはフォースも使いこなせるとの事だが、何せこの人は“持ってる”のであります。
ホテルのロビーにあるソファーとソファーの間に挟まったり、
屋久島の取材ではカヌーを転覆させ、本人と共に録音機材を水没させたり…。
【トラブルある所にミラクル氏あり】とはYAJIKITAの格言とも言える。
久保氏はその吉武氏にも山手線を体験して欲しいと言うのだ。

一瞬会議の席は沈黙した。

「大丈夫なのか?」

空気だけはそう語っていた様に記憶している。
しかし次の瞬間ミラクル氏の口から思いもよらぬ発言が飛び出したではないか!?

ミ「良いよ。俺、【散歩の達人】の編集長と知り合いだから。一緒に廻る?」

一同「おぉ…!!」


ここで雑誌【散歩の達人】を御存知ないリスナーの皆様にご紹介しましょう。
散歩の達人は毎月21日に発売される首都圏タウン情報雑誌であり、
来年には創刊まる15年を迎える人気雑誌であります。販売エリアが首都圏であるために、
残念ながらご覧になった事が無いリスナーさんもいらっしゃるかもしれないが、
何を隠そうレポーターをやっていた頃からの井門Pの愛読書であり、
ここに掲載された町情報はそのまま井門の飲み情報へと昇華される事が多いのだ。
こぼれ話を一つ披露すると、レポーター時代にプロデューサーと、
【散歩の達人】とコラボしたいと常日頃から考えていたのであります。こんな形で実現するとは。
HP:  http://www.kotsu.co.jp/magazine/sanpo/index.html

ミラクル氏の発言が会議に驚きを与えたのは、この人気雑誌の編集長が知り合いだからであり、
その編集長と山手線ぶらりを一緒に出来ると言う事だからであります!
これは願ってもない最高の話!と言うわけでミラクル氏の言葉を信じ、
久々の【山手線ぶらり旅】を立ち上げる事になったのだ!

【山手線ぶらり】はその名前の通り、山手線の駅間を歩きながら、歴史を感じる旅。
混雑時には2分に1本の割合で走る山手線も、ゆっくり線路沿いを歩くと新たな発見があるのです。
前回も目黒から恵比寿までを歩きながら、様々な発見をしてきたのです。
そう、歩きながら…。
ここで井門はハタと気付いたのですね、前回は確か雨のロケだったなぁ…と。
そう思って前回の旅日記なんてのも見てみると、随所に天候にまつわるコメントがあります。
【冷えた身体】とか【手袋持参】とか…。

ところで今年の日本は本当に暑いですね。連日の猛暑記録更新。
気象庁によりますと、8月の日本列島は観測地点154箇所の内、
なんと77箇所で観測史上最高の気温を記録したんだそうですよ。へぇ〜、凄いなぁ。
うん?どうしたの、吉武氏?
なになに?編集長のブッキングが出来たって!?おぉ!!良かったぢゃないですか!
え?【山手線ぶらり旅】のロケ日の最高気温を調べた?ふんふん…。


35℃?


【山手線ぶらり】はその名前の通り、山手線の駅間を歩きながら、歴史を感じる旅。
そうね皆で35℃の中を歩きながら旅していくわけね…。



って……、死ぬわっ!!



と言う訳でスタートする事となった、猛暑の中の山手線ぶらり。
梅雨の時期から今まで、企画会議で【ぶらり】が挙がらなかった理由が分かったわ。
今回のメンバーを改めてご紹介しましょう!

彼がいれば何かが起こる、作家:ミラクル吉武氏。
成田空港編のエンディングの作り方は、もはや神!D:横山氏。
夏になって汗かきまくりなのに、太っちょ!カメラ:慶吾氏。
死者が出ない事をただ祈るのみ!P:井門。
そして今回は見学に来た新女性メンバー!元ミス○○○大学:鈴木氏。
そこに強力な助っ人として、散歩の達人編集長:山口昌彦さん。

今回は6人という、割と大所帯での移動になるのだが、旅は道連れ世は情け。
楽しく行こうぜ、ヤジキタは!の精神なのであります。


今回の待ち合わせは、【JR恵比寿駅東口】。
複合商業施設である「アトレ」が入るオシャレゾーンである事は間違いない。
この日は昼間だった事もあり、近隣のお洒落OLやお洒落サラリーマンが行き交うわけだ。
さっきも書いたが、今年の東京、いや日本列島は暑過ぎると言っても良い。
天気予報では毎日、今日の熱中症注意報は?みたいな放送がされる。
天気予報だけではない、事件や特集では毎日【熱中症の恐怖と闘う】みたいな報道がされている。
今回のぶらりは気を付けなければ、本気で熱中症になりかねないロケだ。
実は当日の朝、会社の人間から『熱中症に気を付けて下さい!』というメールも入った。
もし危険な雰囲気になったらYAJI魂(ヤジこん)を出さずに、撤収という事もありうる。
不安を抱えながら待ち合わせ場所に着くと、先にミラクル氏が立っていた。
熱中症の事もよぎっているのだろう、不安な表情は隠せない。
賑やかな恵比寿の改札口とはうって変わって、沈黙のYAJIKITA。

そんな中、改札口から何やら軽快なオッサンの姿が近付いてきた。
細身のデニム、手に持ったタオルをグルグル回し、頭には麦わら帽子。
タオルを回すだけならRock Fesだが、この姿だと田舎の鎮守祭だ。

「おぉ〜い!やっほ〜!」

恵比寿駅東口を行き交う人々の視線も何のその、堂々の姿で現れたのは…横山氏!
前日に電話で「明日は帽子が必要だねぇ」と呟いていた横山氏、その人であります。
一足先に到着した鈴木氏も可愛くてファッション性に優れた帽子を被っていたが、
横山氏のそれは最早【命を救う為の手段】としての帽子に間違いない!
…そうなのだ、ここにもYAJI魂は宿っていたのだ!
あまりに暑さ対策をしていなかった自分の姿を顧みて、猛省したのであります。
こうしていつものメンバーに山口編集長を加えて、いざ【ぶらり】の旅へ!

今回の旅の裏テーマは【レトロな東京の姿を探す旅】。
皆さんも御存知の恵比寿や渋谷は、実は東京でも歴史の古い街なんですね。
恵比寿駅だって旅客営業がスタートしたのは明治39年。
渋谷駅に至っては明治18年というから、周辺地域の発展は遥か昔の話である。
近代になってから恵比寿にはガーデンプレイスが出来、渋谷には商業施設が出来た。
恐らく地方のリスナーさんのイメージは、二つとも【若者の街】なのではないでしょうか?
かく言う井門Pも東京で暮らし始めた時は、恵比寿なんてお洒落過ぎていけなかったもの(笑)
でも今から12年前に恵比寿の三越で買った食器、まだ使ってるんだよなぁ…。

確かにイメージは【若者の街】かもしれませんが、
でもこの二つの街には沢山の【レトロ】が残っているんですよね〜。
そういえば前回の旅の終わりも、恵比寿の商店街や駄菓子バーを御紹介したっけ。

井門「山口さん、まずはどこに行きましょうか?」
山口「恵比寿駅のすぐ近くに【大黒様】がいるの知ってる?」

大黒天は勿論、七福神の一柱とされているが、ここは恵比寿駅。大黒駅では無いわなぁ…。
既に楽しそうにしている山口さんの先導のもと、YAJIKITAは東口を飛び出した。
すると山口さん、目の前を指差して、ビルとビルの間の路地をずんずん進んで行く。
おお〜ぃ!山口さん、ちょいちょいちょいちょい、待ってくださいな〜!!
追いかけるYAJIKITA。このあたりの行動力は流石の【散歩の達人】編集長と言うべきか。

山口「ここなんですよぉ〜。」

…確かに…あった!
そこはビルの裏側、しかもゴミ出しのスペース一角。
なんとも立派な大黒様の石像がここに鎮座していたのです。しかも物凄く笑顔で。
なぜここにあるのかは分からない、でもこんな笑顔でこの場所を守っているのだ!
山口さんに聞くと、恐らくこの敷地のビルが【大黒ビル】と言うからでは?との事。
駅を挟んでちょうど反対側、西口の交番横には恵比寿像がある。
それを考えると、この恵比寿という街は二つの神様に守られた街なのかもしれない。

ちなみにここはビルの裏口、なのでビルで働く方々の喫煙スペースでもあるのだが、
そこで収録をする妖しげなYAJIKITA一行の姿に怪訝な顔を浮かべていた…。
ほらほら、皆さんそんなお顔してちゃダメですよ!大黒天の様な笑顔ぢゃないと!(無理やり)


やっぱり今回もぼんやりスタートした(苦笑)恵比寿〜渋谷のぶらり旅。
実は大黒天のいらっしゃるこのビルこそ、最初のぶらり目的地なのであります!
ちょいとお洒落な大人の街・恵比寿において、駅前すぐ目の前。
ここにあるのが【えびすストア】なのであります。
ストアと言ってもビルの1階に、沢山のお店が区切られて並んでいるスタイル。
入り口には何と魚屋さん。新鮮な魚を扱う魚屋さんの威勢も下町のようだ。
中には飲食店、お茶屋さん、美味しそうなお惣菜屋さんには出来たてのお弁当が並ぶ。
ケーキ屋さんにマッサージ屋さん、宝くじ売り場に洋服屋さん、ワインバーなんてのもある。
生活の香りがムンムンする中で、この日も勿論地元のお客さんで賑わっていました!


山口「ここを抜けて道路を渡ると、今度は横丁だから!」

YAJIKITAはすっかり【散歩の達人】ペース(笑)
山口さんの後をくっ付いていくと、今度は井門も大好きな【恵比寿横丁】!
*昼間なので営業はしていませんでした…。残念!
この恵比寿横丁は2008年に完成。
もともとは四階建て共同住宅の一階アーケードにあった「山下ショッピングセンター」の跡地。
全長40メートルのアーケードに13の飲食店が軒を連ねております。
わたくしも何度かこちらでお酒なんぞを飲んだりしたのですが、活気があって楽しいです♪
横丁は基本トイレが共同なんですが、こちらのトイレは入り口にアートなペイントも(笑)



そしてアートと言えば、続いて向かった【タコ公園】!
タコ公園は、恵比寿にある大きなタコの滑り台が目印の公園(まんまか!)
このタコの滑り台、美大生が作ったという経緯があるそうなのだが、
60年代・70年代に流行ったアーティストの作風を彼等が真似たから、
似たような遊戯具が全国に出来たのだという。タコの滑り台に歴史あり(苦笑)
ここで映像の慶吾氏が井門にこの滑り台で楽しそうに滑れと命令。
なぜだろう、この番組のPは井門である筈なのだが、攻守が逆転する事が多いのであります。
タコの滑り台なので、足の部分が滑り台になっているわけで、
そうすると結構な数の滑る部分があるわけで、あたしは必死だったわけで…。
最高気温35℃の中、ぜぃぜぃ言いながら33歳のおっさんは滑り台に興じたとさ…。

【定食屋こづち】

ここが恵比寿駅前レトロスポットの中でも、かなり異彩を放つ定食屋さんであります!
大衆食堂の風情を醸し出しているここは、サラリーマン達の胃袋を日々満たしている。
若干入り辛い雰囲気ではあるのですが、中は沢山のお客さんがモリモリ食べているのです。
店の入り口には黒板に白い字で書かれた献立が並ぶ。
山口さん曰く、普通のご飯でも量が多いとのこと。
これが苦しくなってきた時に『嗚呼、俺も歳を取ったんだなぁ…』と思うとか。
こういうお店は、ちょっと塩が強かったりしてもご愛敬なんですよね!
もし東京観光で恵比寿に来た時は寄ってみて下さい(笑)
恵比寿のどこに行ったの?と聞かれ『こづち!』と答えたあなたは相当の通ですよ!

レトロを探る旅をしている今回のYAJIKITA ON THE ROAD。
皆さんがお住まいの地域にも、昔あったのではないだろうか?
地元の子供達が集まる、10円や50円で遊べるゲームが置いてある場所が。
実はこのお洒落タウン恵比寿にも、そんな場所が残っているのだ。
それが荒巻さんというお爺さんが店主を務める【あそびば20】。
恵比寿の住宅街を歩いていると、小さな小さな看板がある。
まさに裏路地と言った風情だろうか。入り口には10円玉を入れて遊ぶゲームがあったり、
小さな入り口を入ると古〜いジュークボックスがあったり。
きっとここは子供達のたまり場なのだろうなぁ…と思って聞いてみると、
もうこの界隈には2人しか子供がいないのだと言う。
「その2人とも女の子だから、こういう場所では遊んでくれないんだよ…。」
寂しそうに笑う荒巻さんの姿が、妙に心に残った。
新しい物、古い物、出来るのであればバランスよくあって欲しいと願う。



何度も言うが、猛暑の東京であります。
YAJIKITA一行は【あそびば20】を過ぎたあたりから、不平を洩らすスタッフが出てきた。

慶吾「喉渇いたー!」
慶吾「ガリガ○君―!」
慶吾「アーイース!アーイース!」

そう、いつものアイツである。
*説明しようっ!旅先での慶吾氏は事ある毎に飲食を要求してくるのだ!
よーし、もう少し取材を進めたら休憩でもするか。

慶吾「アーイース!」
山口「アーイース!」


慶吾&山口「アーイース!!」



山口さんまで何ですか!?(笑)
と言う訳ですっかりとYAJIKITAに馴染んできた山口さん。
アイスコールのすぐ後、無事にアイスキャンディーを頬張ったとさ(苦笑)
*恵比寿駅のすぐ近くでオッサン達がアイスを頬張る図も凄かった…。

恵比寿から山手線の線路沿いを歩き、いよいよ渋谷へ!
皆さん御存知の渋谷と言えば、スクランブル交差点?109?ハチ公?OIOI?
そうでしょう、そうでしょう。僕も当然、そうだと思います!
しかし今回のYAJIKITAはレトロを探る旅。当然、若者コースとは逆コースに行きます(笑)
山手線の線路沿いを渋谷に入ってくると、桜丘というエリアに出てきます。
ここは裏渋谷とでも言いましょうか、
246という大きな通りを駅から渡ってこないと来られないので、
よほど「目的」がある人ぢゃないと来ないエリアの一つ。
僕もこちら側は通っているジムがあったり、好きなラーメン屋があるので来ますけど、
まず観光で渋谷に来た人は来ないエリアなんぢゃないでしょうか?
ちなみにビンテージギターのお店や、LIVE HOUSEもあって、音楽的にはなかなかの場所。

そんな桜丘にあって、山口さんの目の色と声のテンションが変わったのが…、

 

立ち飲み 富士屋本店!!



ビルの1階にぽっかりと開いた、地下に伸びる階段。
看板に書かれた立ち飲みの文字も、うっかり見落としてしまいそうな程。
そう、この店はまさにこのエリアが持つ「目的」が無いと来ない、そのもの。
まだ営業時間では無かったため店内の様子を伺い知る事は出来なかったが、
山口さん(若干興奮気味)曰く、この店は最高!との事。
東京観光で渋谷に来て「渋谷のどこに行ったの?」と聴かれ、
「富士屋本店!」と答えれば相当な通ですよ(笑)
壁にはびっしりとメニューが貼られて、お袋の味を堪能する事が出来るとか。
ビール1本開けて3品程料理を注文しても、お代は1500円程度とか!
開店は夕方5時からですが、1時間もすると満席状態になってしまうので、
早い時間に攻めるのがオススメですよー!


桜丘エリアから246の上の歩道橋を渡り、我々はさらにレトロディープな場所へ。
とは言え、そのエリアは井門Pの庭の様なところでして…(笑)
井の頭線の西口近辺の呑み屋街なのですが、ここも渋谷らしからぬエリアなんだよなぁ。
風俗のお店があったり、24時間365日やっている居酒屋「山家」があったり、
いつも店の外に焼き鳥を焼く煙がモウモウとしている「鳥竹」があったり、
そうかと思うと天麩羅の老舗「天松」があったり…と、盛り沢山な盛り場!
素通りするのが忍びない場所なのですが、この日は山口さんと昔話をしながらぶらり。

僕もこの辺りには思い出が結構あるんですよねぇ(遠い目)
東京に出てきてすぐの頃、まだマークシティが無かった頃。
北海道ラーメンを食べさせてくれる「味源」(だったかなぁ)と言う店があって、
お世辞にも綺麗とは言えない店構えだったんですけど、
東京で食べられる故郷の味が何だか懐かしくて、ホームシックになると通ったもんです。
その味源があった場所のほど近くに、超老舗の「長崎飯店」というちゃんぽん屋さんが。
裏路地もいいとこ!ってくらいの路地にあるので見つけにくいですが、
ここも僕が東京で好きなちゃんぽん屋さんの一つですので、覚えておいて下さい!
*そういえば、何故この隣にカラスミ専門店があったのかは、今もって謎です…。

長崎飯店のある路地を抜けると、いよいよ御存知『道玄坂』!!
ここに来てようやく皆さんも知っている地名が出てきましたね〜(笑)
ここは江戸時代に追いはぎの縄張りだったとか、様々な因縁渦巻く土地。
現在は有名なLIVE HOUSEであるO-EAST、O-WASTへの道でもあり、
ラブホテル街へと抜ける道でもあり、井の頭線で数えると渋谷の次の駅「神泉」へと
向かう道でもあり、その神泉界隈の美味しいお店へと向かう人も多い道。
そんな中を我々YAJIKITA一行は脇目もくれず、百軒店の方へと向かいました。


ところで皆さんはこの渋谷にも料亭があったって、信じられますか?
それがちょうど道玄坂の上の辺りだったそうなんです。
もちろん見番も置屋もあって、渋谷芸者さんが歩く姿も見られたとか。
これが1970年代の後半、要は井門Pが生まれた頃のお話し。
当時は料亭も渋谷には30軒以上あって、芸者さんも80人近くいたとか。
それがバブルで次々と地上げにあい、良い料亭が姿を消していったのです。
料亭が消えると必然、芸者の数も置屋も減る。
良い店が無くなると、大人の良い客が来なくなる。
街には109などのファッションビルが次々と出来て、若者は集まった。
しかし、渋谷の街を育ててきた大人はどんどん、この街から姿を消していったのです。
山口さんと道玄坂から一歩入った所をぐるぐる歩いていると、
たまにぽっかり現れる昔の料亭の名残の佇まい。
今はその役目を終えて、この街に残っているのですが、若者の街を見て何を想うか…。
ちなみにプチ情報としては、この渋谷料亭街にはあの北島三郎さんも流しに来ていて、
その歌の上手さはこの界隈では有名だったとか。歴史を感じますなぁ。

道玄坂の脇へと入り、細い路地を抜けていくとそこは【百軒店】。
関東大震災後、下町のお店を次々とここに誘致したという風変わりな都市計画。
渋谷開発計画の一環だったそうなのですが、円山という山の上に、
まるで百貨店の様に多様な店を連ねさせ空間を作り上げる、と言った壮大な計画。
なのでここは渋谷繁華街の発祥であると言っても過言ではないでしょう。
現在も老舗がちらほらと。名曲喫茶ライオンは以前YAJIKITAでもお邪魔しました。
そして僕も大好きなカレー屋さん「ムルギー」も頑張って味を残してくれています!
シャキシャキもやしがたまらない、ラーメンのお店「喜楽」も最高!
そう、このエリアは昔からの味を守り続けながらも、
若い人にも支持されているからこそ、ここに残っているのです!味と雰囲気は折り紙つき!

路地を抜け、円山を越え、坂を降りていくと見えてくるのはbunkamura。
1989年に開設された、渋谷の大人の遊び場。複合文化施設なのであります。
僕もここではオペラを観たり、映画を観たり、ジェーン・バーキンのコンサートを観たり、
そしていつも美術館には足を運んでいたり、随分とお世話になっています。

渋谷という若者の街にあって、すぐ近くには松濤という超高級住宅街。
大人が安らぎのひと時を過ごす事が出来る数少ない場所である事は間違いないでしょう。

山口編集長はこの建物を眺めながら、渋谷についてこう話してくれました。

山口「何でもあるよね。うん、でもその懐の深さが渋谷なんです。」

なるほど。全く渋谷っぽく無い場所を歩いてきた今だからこそ、その意味が分かる。
僕らがこの日歩いてきた道は、むかし渋谷が大人の街と言われていた頃の、繁華街なのだ。
実は渋谷には、まだその名残が沢山残っていたのです。
確かに一見すると入りにくい場所は多いかもしれない。
だけど、入ってなんかされる訳では無いから、まず入ってみる。
するとそこには、楽しくて、ディープで、レトロな雰囲気が残ってるんです。
笑顔で山口さんはこうも語ってくれました。

山口「旅も散歩も冒険しないと面白く無いよ!」

今回廻ったのは、皆さんが想像のつかない渋谷だと思う。
でも、だからこそ古き良き「東京」がある。
前回の旅の締めくくりは、こうだった。

【次回の【ぶらり】はいよいよ渋谷です!
21世紀の若者の街で、我らYAJIKITAは何を目撃するのか!?】

僕らが目にしたのは、21世紀の若者の街を作り上げた、20世紀の渋谷だった。
そしてまだこの街にそれが残っている事に、感謝。