周辺地図はコチラ
 
旅人 小川もこHPはコチラから) &&&

文豪が愛した町・黒石の旅

 
HOME青森1>青森2
     
 

8月16日(火)晴れ

 昨夜は「黒石よされ」を思いっきり踊った後、お宿は 温川(ぬるかわ)温泉にとりました。黒石市街地から ちょっと遠いよ 車で1時間。

ここ『温川山荘』は 浅瀬石川に架かった吊り橋が入り口です。

遅い時間の到着だったのに、こんな御馳走で歓迎してくださいました。美味しかったな 嬉しかったな。

ニジマスのお刺身、イワナの塩焼き、ミズのおひたし、姫竹の酢の物、、など 山の幸がふんだんで 美味なるかな♪

その後、決してぬるくない 熱々の温泉で 踊り疲れた足腰を癒し。

夜遅くだったので、辺りの様子と言っても温川渓流のせせらぎの音にのみ心奪われていたのですが、朝起きてびっくり!ここは なんて美しい場所だったんでしょう。渓流沿いのブナ林の中にたたずむ宿に訪れた者が惹かれる魅力を 全身に感じたのでした。

渓流沿いには(男女混浴!でも女子専用の時間もありますのでご安心を)露天風呂があります。

ブナ林と渓流の水しぶきを眺めながら、木洩れ日に水面輝く露天風呂身を沈め。

あぁ〜あ 極楽 極楽。

と、脱力している場合じゃない!
黒石のPart2 今回は "文学" をキーワードに めぐる旅。

青森県は、皆さんご存じのように太宰治、石坂洋二郎、棟方志功、寺山修司といった文豪、芸術家たちを輩出している土地ですが、ここ黒石にも 文人ゆかりのあれやこれやが あるんだね。

あの松尾芭蕉の句碑も、青森県内に29基存在する中でおよそ3分の1の 9基が ここ黒石にあるのです。

おぉ 句の石、、が多いから 黒石??なんてぇオヤジギャグが頭をよぎりつつ。

文学の香りただよう黒石を 歩いて体感してみようと黒石文学会会長/みちのく歴史人物資料館館長・山形龍生さんにご案内いただきました。


ご一緒しているのは ご案内役の山形さんと 宿の速水さん
まずは我々取材班が泊まった場所。

市街地を遠く離れて温川山荘を選んだのは 実は 伊達や酔狂じゃありませんのよ。

文豪 吉川英治が愛した温泉、、なのだ♪『宮本武蔵』を書いた作家さんですね。

あの漫画「バガボンド」やNHK大河ドラマ「武蔵」の元になった血湧き肉踊る歴史小説。
寝食を忘れて一気に読んだなぁ。

他にも「鳴門秘帖」や『新・平家物語』など歴史小説の大家。その吉川さんが なんでも昭和3,4年頃 東京から蔦温泉に1泊して、その後下駄履きでここ温川まで延々40km歩いてきたんだとか。

昔の人は健脚だなぁ...!

彼が宿泊したのは温川山荘の向こう岸に建っていた『斎藤客舎』(水害時流されてしまって今はありません)。

10日間滞在し、「鳴門秘帖」の終章はここで書かれたといわれています。

原稿用紙を宿の人に買いに行ってもらったお礼に、「露衣風心」という色紙を書き残しました。

そんなことから川を渡るこの吊り橋は「風心橋」と名づけられたのです。


まん中で ぴょんぴょん跳ぶと ゆったり揺れるのが楽しい♪
温川山荘すぐ傍には吉川英治文学碑が建立されています。

碑文は「ぬる川や 湯やら 霧やら 月見草 英治」国民的作家として人気のあった吉川英治の歌碑・文学碑は全国でもたった2つしかない貴重なもの。

裏面には随筆集「窓辺雑草」からの「温川の宿」の一節が刻まれてます。

放送では 小川もこが読み上げてる部分、
聴けるかしらん。。。
さて、続いては 歴史あるお寺が 「文学の森」となっている?!と聞いて向かいました。

が、その途中、仙台付近で大きな地震発生との報が入り、仙台に両親がいる小川は不安な気持ちを抱きつつの取材だったのですが。

素晴らしいご住職 平野さんのお話に 心癒される時を過ごしたのでした。
黒森山の中腹にある『浄仙寺』は、文政7年(1824年)に開山の美しい佇まいの寺です。森に囲まれた静かな境内は 泉水とあやめの名所。

ここは 古くから文学との関わり深いお寺です。
寺子屋黒森学校として近くの子供達に読み書きを教えていたこともあり、“修行と学問の寺”として文化人が集まるようになったんですね。

若山牧水や丹羽洋岳もこの寺子屋に入っています。すごい。

昭和37年に、歌人の秋田雨雀、丹羽洋岳、鳴海要吉の碑を作ったところから『文学の森』と名づけられたのです。
寺の裏手を登っていくと そこは静謐な空気に包まれた 素晴らしい空間でした。
木漏れ日が優しい日だまりを作る下には ベルベットのような苔が艶やかな絨毯となり、自然の造形美を壊さぬ佇まいの数々の文学碑の石達も苔むしています。

なんだか ずっとこのままで立ち去りたくない。

ここで何時間でも過ごしていたいような気持になりました。

自然と人間が一体になる瞬間。

そこに 歌の心が 詩の心が 生まれるのではないかしら。

浄仙寺の『文学の森』 どんな人工的に作られた公園よりも 心に染み入る空間です。
黒石を訪れたら 必ず立ち寄ることを お勧めします。

(一つ一つの文学碑の碑文を知りたいかたは こちらのページをご参照ください)

http://www.jomon.ne.jp/~kkk/k_bungak.htm

実はね。。。♪

このお寺を推薦するのは もう一つ訳が。

美味しいのですよ!
ここの お蕎麦とコーヒーが!!

境内にある喫茶コーナー「松風亭」で、お蕎麦とおうどんをご住職自ら御馳走してくれたのです。

袈裟を脱いで 調理場に立ち大奮闘の平野住職さん。

ありがたいやら もったいないやら。。

これで 旨くないわけがない!

蕎麦 うどん どちらも美味 美味!

食後のコーヒーは これまた 旨さに定評がありまする。揚げたてのドーナツと一緒に 野外で 東京から ここのコーヒーの味の大ファンで 何度も足を運んでいらっしゃるというかたと お話しながら楽しみました。
さて、仙台の両親の無事も確認でき、ほっと一安心で 次の取材地へ。

県道沿いに 大町桂月の歌碑を発見。

高知出身の歌人として有名な彼は 言うなれば コピーライター。

大の旅好きで 全国を旅して歩き、数多くの紀行文を残しているのですが、紀行文『奥羽一周記』で十和田湖を紹介し

『山は富士、湖は十和田』

などと書いて十和田湖を絶賛。
さらに、

『住めば日の本 遊ばば十和田 歩きゃ奥入瀬三里半』

という歌を詠んだのです。
これが 今で言う JRポスターのキャッチコピーの如き効果を生み、十和田湖の素晴らしさを全国に知らしめ、多くの観光客が訪れるようになったのでした。 (めでたしめでたし♪)
さぁて最後は。

『川柳の杜』を訪ねます。

中野神社の鳥居をくぐると そこは下りの石段になっていて石段に沿って、川柳が彫り込まれた石碑が ずっと建ち並んでいるのです。

ここ黒石は 青森県の川柳発祥の地でもあったのでした。

黒石は どうして こんなに文学碑が多いのでしょう?
素朴な疑問に ご案内役の 山形龍生さんは 

「先人を 敬う気持が ことさらに強い表れでしょう」

と答えて下さいました。なるほど。

古きを温め 新しきを知るなお一層 わき上がる 創造の思いを強く胸に抱きつつ今度は 彼らの歌集 句集 随筆 紀行文を携えて またゆっくりこの地を歩いてみようと心に 静かに 誓うのでした。

文学と出逢う旅。
私のいっとう好きな歩き方でもあります。
川柳の杜の 石碑の上で 石と同化するかのようにじっとしていたカエル君に そっと挨拶。

黒石。

またきっと 帰ってくるね。



グッド・バイ
 
HOME青森1>青森2