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JFNアナウンサー 井門宗之  

      三宅島の今A―

 
     
 
三宅島はダイビングの名所でもある。

三池港に降り立ったときも、数多くのダイバーたちに遭遇した。

これは井門も体験せねば!

ということで「くさや」臭い一行が続いて向かった先は、ダイビングのツアーや講習をしてくれる『SNAPPER DIVING CENTER』。

ここでダビングセット一式を揃え、実際に潜る海へと移動。 ダイビング初挑戦の僕は、移動中から身体が硬直する始末。

果たして無事に潜ることが出来るのか?
海に到着後、今日のダイビングの先生「SNAPPER」オーナーの野田さんに基本的な事をしっかりと教わる。
人の話をこんなに真剣に聞いたのは久しぶり…!?(笑)

ダイビングスーツに身を包んだ僕は、日本で一番ひ弱な「海猿」である。ボンベやおもりを巻くと、ものすごい重量なのだ。
明らかに腰が引けている。
しかしそんなことも言っていられない。

目の前には透明度の高い、そして魚の宝庫でもある三宅の海が広がっている!

さぁ、勇気を振り絞って野田さんに促されるように、いざ海へ。

潜って安定するまでしばらく時間は掛かったが、あとはもう優雅な水中遊泳に大満足!クマノミやハコフグ、サンゴやイカの卵など、様々な生き物に触れ、すっかりダイビングの魅力にハマってしまった井門なのである。

一緒に潜ったカメラマンと「ライセンス取ろう!」と息巻くミーハーさ。
水上に上がったときのキラキラした目が、我ながら気持ち悪かった(苦笑)

ダイビング終了後、改めて野田さんにお話を伺った。

埼玉県出身の野田さんは、根っからの海大好き人間。
平成元年に三宅島に来て以来、三宅の素晴らしさに取りつかれたと言う。

三宅の海の魅力、最近はウミウシがブームで、三宅の海でも様々な種類が見られるんだと、これまた目をキラキラさせながらお話していただいた。

海というものは、人の心も浄化してくれる。

この三宅の海の美しさ、いつまでも守ってほしいと、そう願う井門なのであった。
PM5:30


ダイビングを後にした我々は日の暮れる前に噴火の記憶をありありと残す場所を取材する事にした。

この島には意外な「日本一」がある。それは人口に対する神社の多さだ。
人口およそ3800人に対し、神社の数は120社にも上る。
その数多ある神社の中で、泥流に埋まり、鳥居のアタマの部分しか顔を出していない「椎取神社」へ。

鳥居の天辺が自分の足元にあるという、異常な光景。

しかし、鳥居を埋める程の厚い泥流からは、新たな植物が生えてきている。

この生命の強さ。

噴火から4年半、島は生き続けているのだ。
そんな事を考えていると、三宅の名物とも言われる夕焼が我々を照らし始める。

先を急ぐべく、我々は立ち入る事が出来る、火口付近ギリギリの所まで車を走らせた。
「火の山峠園地」という峠を越え、雄山を上へ。

溶岩原と立ち枯れた木しか見えなくなってくると、虫の声も鳥の声も聞こえてこなくなった。

強くなる硫黄の匂い。

「この先立ち入り禁止区域」の看板が出てきたところで車を止めた。

ガスマスクを装着して車を降りると、この世のものとは思えない景色が眼前に広がる。

まるで何かの骨の様に、山肌から伸びる真っ白な無数の枯れ木。
泥流に埋め尽くされた黒い山の斜面。
自分たちが立っている少し下には、今では廃墟となったペンション群。

非日常の中に残る微かな日常の景色が、生々しい。

いつの間にか陽はほとんど暮れかけていた。
この日の取材はこれでひとまず終了。

避難解除が出てからおよそ5ヶ月。
しかし島民がいなかった4年半の月日は、三宅島に大きな影を落としている印象を受けた。

だが、三宅島の人々は皆逞しい!

火山と共に生きていく、それをしっかりと刻んでいる。
確かに復興までは、まだ時間がかかるだろう。
しかし、ここには豊かな自然とたくさんの島民の笑顔がある。出港前の不安は、少しだけ消えたような気がした。

「山之辺旅館」へ戻った我々を迎えてくれたのは、素敵な女将の笑顔だった。

ここにも、僕らをホッとさせる笑顔があった。
7月17日早朝。

昨晩の回想から。

YAJIKITA一行は男だらけの5人組。 前日の夜は旅の興奮からか、旅館での宴も盛り上がる。
全日本女子バレーの日本VSブラジル戦の感想を言い合いながら

『大友のサーブミスはちょっとなぁ〜。』

などと<<柳本JAPAN>>があたかも<<YAJIKITA JAPAN>>であるかの様な口ぶり。
お酒に顔を染めた同行Pは

『よしっ!四文字熟語しりとりやろう。ただしテーマは【エロス】で!』

などと嬉しそうに仕切っている。

『大体、<よしっ!>って何だ、<よしっ!>て…。』

まるで男子校の修学旅行さながらの雰囲気に包まれた夜…。いつまでも子どもの心を忘れないYAJIKITA一行は、みんな素敵な人たちばかりなのだ。

飛び交う虫と格闘しながらも、疲れも手伝いぐっすりと就寝。
翌朝は三宅島のもう一つの目玉、鳥たちを見るため早朝6時に「アカコッコ館」へと移動。

「アカコッコ館」とは三宅島自然ふれあいセンターのことで、ガイドウォークやネイチャーウォッチングを案内してくれるところである。

名前についた「アカコッコ」とは国が指定する特別天然記念物のことで、三宅島ではよく確認する事が出来るという美しい鳥。
三宅島にはこのアカコッコも含め天然記念物の鳥が4種もいるのだという。

そう、この島は別名「バードアイランド」という名前が付くほどの、野鳥の宝庫でもあるのだ。

果たして、この日体験するバードウォッチングで天然記念物「アカコッコ」には出会えるのだろうか?

期待と不安を抱きつつ、「アカコッコ館チーフレンジャー」の山本さんにお話を伺った。
山本さんの一番好きな鳥は勿論「アカコッコ」。

「どうしてアカコッコなんですか?」

の問いにはピッカピカの笑顔で

「だって、アカコッコって格好良いぢゃないですか!」

…う〜ん、バードウォッチングの世界は奥が深い。
山本さんも、奥が深い。

僕らはそんな山本さんの案内のもと「アカコッコ館」を通り過ぎ、野鳥の多い大路池へと降りていった。

次第に高まる野鳥の声の中、突然山本さんの

「あっ!アカコッコの声が聞こえますね!」

そうは言っても、YAJIKITA一行にはどれがアカコッコのさえずりなのかすら判断がつかない。

森の中に入り、山本さんの凄さは一層増していくようだ。何故なら、無数の野鳥の鳴き声を瞬時に聞き分け、その鳥がどのあたりにいるかを当ててしまうからだ。僕も手渡された双眼鏡を覗き込むが、森の木が密集しているためか上手く見つけられない。

仕方なく見晴らしの良い大路池ほとりへ。

元々この大路池には魚などは棲んでいなかったという。

しかし、外から人が入ってくるにつれ、ブラックバスなどの外来魚が増えてしまったらしい。マナーの悪い観光客の手によって、この美しい大路池本来の姿が失われつつあるだなんて、本当に悲しいことだ。

さて、この美しく、見晴らしも最高の大路池まで降りてみるが、ここでもお目当ての「アカコッコ」にはなかなか出会えない。

さすが天然記念物、なかなかやりやがる。声はすれども姿は見えず(山本さんはすでに何羽か見つけたようなのだが…)。
そこで山本さん一押しの、アカコッコが集まる場所へと移動。

「ここは来ますよ!」

の山本さんの笑顔に期待も膨らむ。

誰もが息を殺す中、30分ほどが経った頃だろうか。

ついに僕の双眼鏡の先に、待望のアカコッコが姿を見せた!!スズメを一回り大きくし、アタマから背中、翼はグレー。そしてお腹だけが鮮やかな赤。餌をついばみながら颯爽と動く姿に、僕は一言呟いた

「カッコいい〜。」

と。こうして人はバードウォッチングの魅力(魔力?)に取りつかれるのだろう。
バードアイランド三宅島では、噴火後一時野鳥の数が減ってしまったのだが、4年半の月日の中で、再び鳥達が戻ってきているそうだ。今では、朝、野鳥の声で目が覚めるほどなのである。

植物や鳥、そして人間。災害に負けない命の強さが、そして生きていく事へのリアリティーが、確かにこの島には存在した。
PM1:30三宅の空は相変わらず快晴。

あと1時間ほどで僕らの三宅島滞在も終ろうとしている。港にて本土に戻る人たちに話を聞いてみると、皆が皆口をそろえてこう言うのだ。

「また絶対に三宅島に来ます!」

と。

確かにまだ完全に復興したわけではない。島民全員が戻ってきているわけでもない。家屋や施設など、新たに建て直さなくてはならないものも沢山ある。三宅の人々が多くをこの噴火で失ってしまったのは事実だ。

しかし、この地で暮らす人たちには生きていく強さがある。逞しくも明るい、笑顔がある。それがどのくらい復興の礎になるのかは分からないが、でも僕は思う。

「またこの島の人たちに会いたい。」

と。