FM岡山 牛嶋俊明

DJ牛嶋、【笠岡諸島・飛島】の旅

     
 
岡山県は笠岡諸島。
4月に放送した白石島、真鍋島に続き、今回は飛島の旅。

真鍋島からの移動は、定期船がないため海上タクシーで飛島(ひしま)へ。

海上タクシーとはその名の通り海の上を走る船(タクシー)で、当然の如く“流し”などはなく、全て電話予約が必要である。

今回乗ったのは約10人程度乗れる船だったが、その船の速度が速い事速い事。笠岡港から乗った高速艇よりもずっと速い気がした。
天気が良く、風もとっても気持ち良かったので、船室内に入らず、ずっと外で海を眺めていたが、気分は最高!約20分程度で飛島に着いたが、何時間でも乗っていたいくらいだった。

飛島は、大飛島と小飛島の2島からなる島である。2つの島合わせて人口が約200人と少ないが、昔から海運業が大変盛んな島である。

我々は大飛島に降りたが、降りるとすぐ目の前に飛び込んできたのは飛島小学校だ。
とても綺麗な建物で、まだ出来て10年も経っていないという感じ。この飛島小学校には笠岡市街から通っている子供達がいるが、その取材はのちほど。まずは小学校のすぐ横にある飛島公民館へ向った。

かつて飛島では、つばき油作りが盛んに行われていたが、ここ数年は島民の高齢化や生活様式の変化によってすっかり衰退してしまっていた。
しかし、そんな“つばきの島”を蘇らせようと島のみなさんが頑張って活動しているという事なのだ。
◆飛島つばきの里 公民館長としぼり部長

飛島公民館には、ちょうど島の担当者らが集まっていた。

我々の取材のためにという訳ではなく、近日つばき祭りを開催するとの事で、その会議を行っていたのだ。

ラッキーな事に、我々が到着した頃にちょうど会議も終了。そのままの流れで取材する事が出来た。

このグループは、島民約30名からなる特産品開発部『飛島つばきの里』で、原野に化していた中からつばきの木を復活させ、従来の搾油手法の伝承を図ると共に、搾油機を導入して量産に努め椿油の特産品化を行っている。

また平成15年からは椿まつりを開催し、椿の島のイメージアップも図っているが、昨年は島外から約200人集まって大盛況だったとの事。つばき油の製造はその年に取れる油の量によって変わるらしい。

また、ここ数年の油を見せてもらったが、油の色も透明やきつね色など様々。
その不思議な現象について尋ねたが、地元の人は

『分からん』

との事(笑)。これは自然のなせる技なのかっ!つばき油は、肌や髪のケア、また刃物や家具の手入れなど幅広い用途がある。もちろん食用油としても使えるが、島の人曰く

『もったいなくて使えない』

との事。現に取れる量は少なく、高級品になっているらしい。油を手に取って肌につけてみたが、肌がツルツル。
たくさん取れればもっと安い値段で製品化出来るのになぁ〜と思った。

◆飛島で一番大きな椿

次は実際につばきの木を見に行く事にした。

車に乗せてもらったが、運転手兼ガイドはもちろん島の人。乗りながら

『あれもつばき、これもつばき・・・』

と案内されたが、あちこちに赤い花をつけたつばきの木が見られた。
そんな中で島の方オススメの木見ようと、車を止めてじっくり見る事に。高さ10メートル位の木だったが、赤い花びらがとても鮮やかで、木全体に花がついていたのは驚きだった。

絶好の撮影スポットとばかりに写真を取りまくったが、そんな中、雨がポツリポツリ…。
昨日、『民宿はらだ』の原田さんが風を感じて『明日は天気が崩れるなぁ』と言った予言が当った!

しかし、雨の中でも取材は慣行!

つばきの木の下で雨宿りしながら、『飛島つばきの里』のしぼり部長の山下松男さんにインタビューを行った。
つばきは桜のなような見頃のない花である…など、興味深い話を伺ったが、“しぼり部長”という肩書きはユニークだ(笑)。

つばきを後にして、車で島内を1周してもらう事にした。島は地形などから道路が限られてしまうものだが、飛島は道路が非常に発達している島である。

なんと!島を1周出来るコースがあって、そのまま島内を1周してみる事にした。
道路は海岸沿いにあって風景も最高!のどかな田畑も広がっていて、車に乗りながらでも癒されたのは島ならではかっ!


◆飛島のうどん

あっという間に島内を1周して再び飛島公民館へ。ちょうどよく昼食の時間になった。

昨日、海援隊の守屋さんから

『飛島は食べる所がないので、島の人にご飯(1人700円)を頼んでおきますね』

と言われたが、お弁当?と思いきや、なんと!会議に参加した島のご婦人達による手料理だった。

長机を並べて島のみなさんと会話しながら食べたが、

『ようこそ飛島へ!』

という気を使った接し方ではなく、

『あんたら、どっから来たん?』

といった感じで、とってもフレンドリーな接し方が嬉しかった。
食事の中にうどんが含まれていたが、飛島では昔から、客にうどんでもてなす風習があるらしい。さりげない心遣いに感謝!
◆飛島小学校

さて、次は公民館横の飛島小学校で取材だ。

児童数12名?という非常に小さな学校だが、なんと!笠岡市街から船で島の小学校に通っている子供がいるとの事。

この話をすると、誰しも

『島から本土に…じゃないの?』

と聞き返してくるが、事実、笠岡本土から島に通っている子供がいるのだ。

これは、わくわくシーサイドスクールという制度で、『島の学校に通いませんか?』というもの。

しかし、これは島に留学するのではなく、あくまでも通う事が前提で、さらには1年以上の通学が出来る事が原則の制度である。

飛島のほかにも、白石島、北木島、真鍋島の小学校4校で入学を受け入れているが、通っている子供はこの飛島小学校だけらしい。事前に、親、子供ともに各島を見学した上で決めるらしいが、一番距離が遠い飛島には、何か直感めいたモノがあったのかもしれない。

いずれにしても、子供の希望はもちろん、親も強く願っての通学との事。
◆飛島小学校の校長先生

さて、まずは校長先生にご挨拶をと校長室を訪問した。

飛島小学校の校長は中務美保子先生だ。
校長先生も本土から通っている1人だが、全校児童が可愛くて仕方がないといった感じ。

そして島の雰囲気の良さと島の人を愛する気持ちが伺えた。


◆飛島小学校の教室前と、山河くん

そして今度は教室に移動。

びっくりしたのは、細長い廊下の横に教室がある従来のイメージではなく、オシャレな広い空間が広がっているスペースの横に教室があった事だ。
そこには図書館やパソコンスペースんどがあったが、3つの教室の様子が全てが見える解放感あふれる場所だった。

教室の外から教室を覗くと、みんな楽しく授業を受けていた。
児童数が少ないので学年各の教室はなく、いくつかの学年が一緒に授業を受けるというスタイルだったが、そんな中、既に授業を終えて1人教室に残る1年生の山河くんを発見。机に向って画用紙に色鉛筆を走らせていたのを見て、

『こんにちは。何書いているの?』

と聞くと

『恐竜!』

と答えが返ってきた。しかし、それ以上聞いても何も答えずで、恥ずかしかったようだ。しかし、

『名前は…やまかわ…え〜っと、下の名前は?』

と聞くと、

『なんて読むと思う?』

と逆質問。名札には『山河 和』と書いていたが、確かに簡単には読めない。しかし、

『やまと?』

と聞くと

『うん。そう。読めるんだ。凄い!』

と初めて笑顔を見せた。その後もずっと画用紙に向っていたが、そうこうするうちに、隣の教室で授業を受けていた児童全ての授業が終わったようだ。すると、待っていました!とばかりに1年の山河くんがかけ寄り、みんなで遊び始めた。

ここで初めて、1年生の山河くんは、みんなの授業が終わるのを待っていたのだという事が分かった。元気に遊ぶ山河くん。そこには1年、2年といった学年の境界線はない。遊びはジャンケンが流行っているのか?ジャンケンを繰り返す児童たち。
我々も『ジャンケン…』と要求されたが、人なつっこい所がみんなとても可愛かった。

そして、遊びの時間を利用して笠岡から通っている永山くんにインタビュー。質問の間に突っ込みが入るなど、みんな仲が良さそうで、島での学校生活を楽しんでいる様子だった。その後、子供達は体育館に移動。ボール遊びに移行した。

『よっつ』という遊びが流行っているとの事で、ルールなどを簡単に説明をしてもらったが、牛嶋は理解不能。というより、四方に散らばってボール投げをしているだけに見えて、『あれ?ルールは?』って感じ。

でもきっと児童たちは、競技性というよりは、みんなといる空間が何より好きなのだろう。だから、ジャンケンでも素直に楽しめるし、ボール投げという簡単な遊びでも純粋に楽しめるのだ。

そんな子供達が遊んでいる様子を見ながら、飛島小学校の金池先生に話を伺った。なんと!金池先生は、3年前まで総社市で小学校の先生をしていて、今回希望を出して飛島の小学校に赴任しているとの事。

『3年なのでもうすぐ異動になるかも…』

と言っていたが、4月に総社市の小学校に戻ったらしい。
子供達にとっては残念だろうが、また新しい先生が赴任してくる事を考えたら嬉しい事でもあるのかな?


◆飛島小学校のみんな

こうして飛島での取材を終えたが、5月3日に運動会があるとの事。

基本的には幼稚園と小学校の運動会ではあるが、飛島のみなさんが参加する、“島民の運動会”的なものらしい。その内容を聞いて、

『ん?それは面白い!じゃ、また来ようかな…』

と、改めて島を訪れる事を決めたのであった。(つづく)